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やまぐち・忘れられた郷土史)櫛浜地区の陸軍船舶部隊「陸軍海上駆逐隊補充隊」・「陸軍機動輸送隊補充隊」の基地跡を探る
2026/04/07
高校生の時から、山口県周南市の戦争関連の遺跡・遺構を、たんねんに掘り起こし、資料を読み、インタビューを重ねて、コンパクトにまとめた文章を、『やまぐちから考える世界史――歩いて、見て、感じる歴史』(https://ankei.jp/yuji/?n=3065)に書いてくださったのを、「こりゃあ大学教員もうかうかしておられんぞ」と思いながら読ませていただいたのですが、
その執筆者の岡村真翔さんが、もう大学に進学されていて、そこで一冊の本をまとめておられることを、畏友・佐伯伸治さんの紹介で知りました。30部とかしか印刷はされていないとのことで、もったいないので、著者・御本人のお許しを得て、ここに紹介させていただきます。
私たちの暮らす地域の足元には地域の歴史を語るいろいろな宝物が埋もれています。ちゃんと掘りおこしてくれる人を、宝物たちはまっています。そして、今の時代の道具を総動員しても、もうこれ以上は掘り進めないという岩盤に届くまで掘れたら、それは、いまの時代のパイオニアの仕事となって後世に残ります(https://ankei.jp/yuji/?n=993)。
著者の 岡村真翔 さんの ご活躍を期待して、序章を以下に貼り付けさせていただきます。
90ページに全文は、pdfでお読みいただけます。
西表島にて 安渓遊地(西表をほりおこす会)
以下、添付のpdfの冒頭部分です。
序章 はじめに
2025年、この年が太平洋戦争終結から80年の節目となることは皆さまもご存じでしょう。毎年、夏には先の大戦に関する報道がされ、後世を生きる我々にあの戦いが何だったかということを繰り返し問いかけます。
ですが、そこで取り上げられるのは空襲・特攻などが中心であり、現在の人々の太平洋戦争のイメージは大きく固定化されてしまっているのではないのかと私は考えます。
本書で取り扱う「山口県周南市」という地域と太平洋戦争で思いつくことを皆さまに問いかけてみましょう。ある方は光嵐部隊分遣隊が駐屯し、人間魚雷「回天」の出撃地となった大津島をお答えになるでしょう。また、別のある方は第三海軍燃料廠(徳山海軍燃料廠)やそれに関係する油槽所・防空施設、徳山空襲などを挙げられる方もいらっしゃるでしょう。
ところで、皆さんは周南市櫛浜地区の一角である二葉屋開作(現周南市徳山モーターボート競走場)にかつて日本陸軍の船舶部隊の基地が存在していたことをご存じですか?おそらく「知らなかった」・「名前だけは聞いたことがある」という方が大半でしょう。
私は決して、空襲をはじめとする戦災で亡くなられた方や特攻作戦で殉職された方々の死を軽んじるわけではありません。しかしながら、太平洋戦争が特攻と空襲だけで始まり、終わった戦争ではないということを多くの方に知っていただきたいのです。
戦争は敵と直接戦う戦車・戦艦・戦闘機、そして銃を持った兵士だけで行うわけではありません。彼らの影には、最前線の仲間を支えるため、「縁の下の力持ち」として任務を全うした方たちがたくさんいます。
そして、その「縁の下の力持ち」のひとつが周南市櫛ケ浜という場所にあり、この地でも先の大戦を戦い抜いた方々が確かに存在していたということ。これを本書でお伝えしていくつもりです。
櫛浜という土地が陸軍船舶部隊の一大拠点であったことや日本の重要な局面に間接的ながらも関わっているということ、ここに駐屯した船舶部隊は何をしていたのか、彼らの実態はどのようなものだったのか。これらを皆さまに知っていただくことで、ある種の固定概念ともいえる従来の「山口県と太平洋戦争」のイメージに、新たな視点を加えることができればと考えております。
今回が初めての書籍執筆ということと、まだまだ不勉強な部分が多くあることから、本書の内容だけでは櫛浜地区に存在していた陸軍船舶部隊を十分に解説できていないかもしれません。ですが、多くの方々のお力を頂いて、現時点で明らかになっている情報を、できる限り正確に、後世へ残すための資料として一冊の書に纏めました。稚拙な部分もあるかもしれませんが、ぜひ最後の1ページまでお付き合いいただければ幸いです。
2025年
福岡大学人文学部歴史学科 岡村真翔



