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文芸山口)母の作品 虫ばなし 香川真子
2026/01/28
『文芸山口』385号(2026年2月号)掲載作品
虫ばなし
香川 真子(かがわ しんこ)
私には息子が二人いるが長男はもう大学を出ると、もう一人前だとか称して家を出て行ったので目下のところ大方の相手は次男がしてくれる。次男は因果なことに「湧地」などという名前をつけられて、私は〝湧地〟なんてまるで温泉を連想して了うのでもっぱら「ゆうじ」とひら仮名でよぶことにしているが本人や、それを名づけたお上人は断固として「湧地」と漢字でよび合っている。何でも「地湧菩薩」という佛さまがおられて地面からひょこひょこ湧いてこられるらしいのだが。〝ゆうじ〟の方はちゃんとした母胎から産まれたで「地湧」ではなく「湧地」となったものらしい。然し名は体を表すの例えに違わず彼も亦地面から湧いたものの一人として無類の虫好きなのである。虫に限らず、ありとあらゆる生あるものが好きだといっていいのかも知れない。尤も彼は大学で生物とか動物学とかを専攻しているそうだから、生きて命あるものを愛するのは当然かとも思うが、彼の場合は少し度が過ぎる。
小学六年位の年頃からここに住みついているのでお決まりの甲虫、鍬形虫、黄金虫、玉虫、紙切虫などを飼うのは仕方がないとしても、部屋の中へ黙って這入ってくる守宮、百足の類と同居しているのには私も腹にすえかねる。然しゆうじにはゆうじの理由があるらしい。守宮や百足という〝こわもて〟は天井に巣をかける雀の羽ダニ、毒蛾、蜂などを退治してくれる手兵のようなものだという。しかもそういう虫達こそ先住民族で私らは一種の租借人種なのだから、かのマヤ文明やアステカ文明を破壊したコンキスタドレスとなることは許されない。一匹の百足や蛇にクレゾール原液をふりかけて焼き殺したい誘惑をぐっとおしこらえることがゆうじとの平和共存のために課せられた私の繋縛なのである。ゆうじはこういう。
「お母さんは虫のどこがいやなんだろ。形がこわいなんて理由にならない。虫から見れば人間こそ異形のもの、悪息羅刹、恐るべき殺戮者そのものだよ。お母さんがきゃあーという度に虫達はそのかよわい心でおびえ戦き慌てふためいて逃げ出さずにおれないじゃないか。自分の側からばかり見ないで虫の心になってみればあれらがどんなに人間を怖れているか少しはわかる筈だけどなあ」
こんな風に下手に出られると、どこかしらで論理をすりかえられていると思いながら何とはなく妥協して私は、ただ遠くから虫共に声をかけて姿を消してもらわねば仕方がない。全くゆうじと来たら私の次男でいるよかジャイナ教の教主にでも就任した方がいっそ相応しいというものだ。
彼のキライなものキンチョール、蚊取線香、中性洗剤、これらは虫の生存の大敵だという理由からである。その他動物植物、すべて人間の生活を快適にするという近視眼的視野から自然のなりたちの環を切ることはいずれは人間の生存をおびやかす遠因となることなのだそうである。私が一匹の虫を殺すことは自然界の食物連鎖の一角を崩すことにもなるのだという。人間が末長く生き長らえるには他のすべての自然生存を脅やかすことなく共存しなければならない。などなどと四六時中説教されては私としてもあえて虫退治する訳にはゆかなくなる。かくて我家に於ては花畑の花でさえ、剪って卓子に飾られる晴れがましさには縁遠く、あたら花の命をムザムザと、畑の中で立腐れという仕末。花は花としてただなすこともなく季節の間中畑の中で咲いておればいいことになる。薔薇なんて剪ってもらいたくてウズウズしているから、散り始める一寸前頃、四五本剪って食卓なんかに飾っておく。すると学校から帰って来たゆうじは思いなしか憂鬱そうな表情になって思えるのはあながち私のひがみからだけでもなさそうである。
以上のべて来たような理由から私は山へ散歩に出かけても雑草一本さえ気分の赴くままひきぬくという訳にもゆかず大いに不自由を感じるが、平和のためには欲望を押さえ、自己主張もほどほどに分を弁えねばならないことは上は国家間、下は家族間に於ても原則としては異らない。然し私としては大いに不満である。そこで彼のいないところで一席ぶってみる。
「ゆうじのいうことは正しいように見えて実は間違っている。もし彼が首尾一貫するなら彼としては肉食は拒否しなければならない。のみならず野菜に於ても、彼の好む菠薐草のおひたしなども、根っこから引ぬく絞首刑、次で熱湯で茹でる焚刑、包丁で刻む剪首刑、あらゆる惨虐をふるったのち食卓に載る。然るに彼は文句もいわぬばかりか人の倍ほどパクパクたべるというのはどういうにも論理性に欠けるところがある」
私はそういって彼以外の家族の顔をねめつける。
「まあそういいなさんな。山川草木悉有佛性というがな、若い身空であのようにものの命を尊ぶことを本性としてもっているのをわれわれ親としてはよろこぶべきじゃないかね。勿論ジャイナ教というのは佛性を尊べば尊ぶ程禁忌が多くなり遂に自分の生命を否定せざるを得なくなって衰えて了ったのだが、湧地の場合も観念が定着してしまうと自家撞着に入ってどうにもならなくなるところを、幸いにも彼は若くて食欲旺盛で、そこまで思い至らないのが私ら親の救いにもなっているのだから、余りそんなことを問題にしない方がいいよ」
そういわれればその通りで反論の余地はない。でもここでも私は何か論理をすりかえられている感じから抜け出せないが、自己主張はしないことにする。生きるということはどこかで誰かが何かの形で我慢しなければならないことなのだろうと思うことにする。然し、折さえあればゆうじの所謂「極悪非道」「無益の殺生」というのはともすれば私のこころを揺ぶる。虫を見つけると万一噛みつかれたらと本能的に殆んど反射神経的に思うのだろうか。何かしら叩きつぶしたいようなこわいような一種の不安に陥って了う。けれどもここ十年、全く虫共は奇妙に私のみならず家族の誰一人として噛みもさしもしないで仲よく共存しているのが現実とあれば、私としても文字通り虫も殺さぬ優雅なくらしを、これからも続けねばならないことだろう。
虫類社会に於いても「香川家」というのはいわばアフリカでの猛獣保護政策のようなものを施しているという情報でも伝わっているらしく、近所合壁の虫達の大半はうちを根城にして繁殖し命脈を保っていると思うのも強ち私の偏見だけではなさそうである。両隣や御近所の家に比べて、我が家で見かける虫共の姿は十倍といってもいい位、蠢く感じである。
「人間社会だって一億が蠢いているのだから、お母さんことのついでに虫共も蠢かせてやってね」
ゆうじにいわれると、私も一種覚りに似た感興で「ええわ。まあ仲よくやるわ」
こころにもないこといってどんと胸の一つも叩かねばならない。母親なんていつも悲壮なものだ。
人はお正月やお誕生日が来ると、ああ又一つ歳がいったなあと思うものだが、私に限って梅雨時が近づくにつれ、どこにひそんでいるかわからない同居人への気遣いでぐったり、又年取ったなあと思わないではおれないのが現状である。
虫類という生きものはそういう訳で大概慄っとする方なので大方は「侵かさず、侵かされず」風な縁のない共存の仕方、それでいてお互い生活の場として守るべき分際はちゃんと守っているとでもいっていいような共存である。まあ地球の端と端で出来るだけ接触は避けて何とかうまく外交を保っている国際関係みたいな在り方、勿論、私にしろ虫達にしろ自分の領分はさておいてよその領分へ出かけ神の摂理みたいな顔をしてそのよその領分を徹底的に叩きのめすような思い上りや無作法はお互い気をつけているつもりである。
そのくせ見つけ合えば両方一寸慄然でどちらも相手を無視する訳にはゆかない。いちはやく双方で身を躱す努力は怠らない。そんな関係とでもいっていいのだろう。
そんな私だが奇妙なことに蟻にだけは寛容だ。寛容というより一々とり上げて問題視するにはその数が余りにも多すぎるということだろうか。いくら異形のものといっても三六五日見つづけていると異形ではなくなってくるらしい。大体虫共を異形のものとして毛嫌いするのは、刺されるとか噛みつかれるとか、何かの形で危害を蒙るかもしれないそういう不測の災難に対する一種の自衛本能みたいものも大いにあずかると思う。蟻に限ってそれがない訳でもないが、余り度々その姿を見ることが多いと空気的存在となって殊更意識には上ってこないものらしい。従って寛容だとはいってもどうかした拍子に、たとえば花に肥料をやっているときとか、水でも撒こうかなあなんて思いながらぼんやり坐っているときとかに足許で忙しく、行ったり来たり、ひっついたり離れたり、お辞儀したり別れたり、大きな獲物に群がったりする蟻を見ていると、自分の生活がまるで行き当たりばったりの思いつきだけで動いていて、今はもう生きていることに何の必然性もない一種の白昼夢の人生でもあるように思えて切ないことがある。蟻だけが勤勉で自分はまるで余生みたいなものだという比較対象ではなく、こうせずにはおれないとか、こうでなければならないとか振舞って動きまわる蟻や私をも含めた生命一般が何とはなく空しくて心許なくて、とでもいうのだろうか。そんな時はゆうじの固いいましめも、ジャイナ教も忘れて無数の蟻達をにじりつけふみつぶす大殺戮を犯すことがある。直後におそうのは決って「無益の殺生」を犯した自分への深い自己嫌悪。そのくせ心の中ではちゃんとした言訳が出来ている。蟻に限らず糸蚯蚓でも、蚊柱でも魚の子でも、ごちゃごちゃと集まった小さないのちの蠢きは、私にとっては怖ろしいほど気味のわるいものなのだ。ずっと昔の子供のころ、野壷の中でひしめきうごめき重なり合った蛆虫を見て以来、(余談ながら、幼い私は余りの気味悪さに気絶したそうである)いつも小さな生命の集りは総毛だつように無気味に思えた。だから蟻も固まってさえいなければ割合気にならないが健気に共力し固まりはじめると大体蹴散らして了わないではおれなくなる。そういう厄介な集合への反撥を、心の底部に貯えているとすれば、無益の殺生に対する自己嫌悪を敢えてのりこえても殺して了うのは至極当然みたいに思える。
私にとって全く不都合なのは、こうした数々の不当な理由があるにも拘らず、〝殺生〟というものが禁忌事項の第一であり、然もたいていその現場をゆうじに見つけられて了う。塩茹でにしたちりめんじゃこさえ〝怨めしそうに見ている〟といって幼い時からたべたがらないゆうじにすれば、縦令どんな理由があるにしろ、それは殺していい理由ではない。彼には殺していい理由なんて何一つないのも同然なのだから。さりとて殺さずにはおれないものを、さあ、どうするどうする。と切羽詰まって私はまことにあざやかな解決法を見つけた。
庭に棲む蟻達は三分ほどの所謂小蟻ではなく、山道などでよく見かける一寸位の大きさのものが多い。偶には小蟻も畳の上などを五六匹連れだって動いていることもあるが数は少なくて、やはり黒々と光る胴をキュッとひき締めた、一匹ずつでは格好がいいナと私でさえ思う様なのが多い。
調べてみると蟻の集団は大体二米おき位に巣を作っている。うちの庭ではその位の距離がトラブルの少ない相互共存のできる範囲なのだろう。あるとき私はそんな蟻達の相当数を掴まえ、目じるしに針の先にエナメルをつけて巣別に色分けをした。掴まえるといっても彼らは素早いしうっかりすると噛みつくしで難なく掴まえるまでにはそれ相当の熟練もいるし日数もかけたが、ともかく十匹おれば二匹くらいまではうまく掴まえて個体識別とでもいう様な、巣による色分けをした。赤いエナメルは梅の木の下の住民、緑は石垣の間、茶色は玄関の叩土の靴拭きの下方にトンネルでも掘って住みついているらしい。紫は毎年チューリップを植える花壇の真中辺り、黄色は畑の中。働き蟻の全部に目じるしとはいききかねるが、気が向けばチョンチョンとエナメルをつける。何かの弾みで巣から五米も離れた石段の下の通りなどで、赤や紫や青や黄、緑などの目じるしつけた蟻をみると、思いもよらぬ遠い土地で親しい人に会ったような気分も湧こうというものだ。又折々には四、五匹ずつ他の巣の入口に持っていったりすると移された蟻共は後ずさりに慌てて逃げ出す格好が人間臭い。
同じ種類ではあっても巣によって餌の嗜好やら、私の手による接触の反応が違うように思える。ある集団は甘い物には目がなくて砂糖のかけらとかビスケットを置くとみるみる黒山の蟻だかりとなって一生懸命巣の中へ運んでゆくが、他の集団は甘いものと青虫やミミズの死骸などへの嗜好が半々位、他の集団では数も多いせいかどちらも同じように貪欲にとり込むといった風な、それぞれの家風みたいものがあるのかもしれない。ある集団は仲間同志で獲物のとり合いをよくやるし、他の集団では一匹が手に余る大きな獲物を運びあぐねていると五六匹が駆けよって助け合う。又別の集団では、我は我、他は他、なんて都会人みたいに無関心な者が割合多いとか、様々な傾向が見られる。そういう傾向はそれを産み出した女王の性格によるのか、或は個体や巣の場所の差によるのか、人間の一人ずつの顔容が異なるような何らかの単位による差異があると思って了う。
そんな風に努めて蟻に接触しているといつの間にか私のこころの中から「生きて蠢めく小さな生命の集合」への恐怖がだんだん薄れてゆくのがわかる。亭主はどうせやるならいっそ大きな硝子鉢でも買って本格的に蟻の生態を調べたら、などとぬかす。私もふいとそんな誘いにのりたい気もするが人間や犬や花や野菜やら、いろいろ育てたり食べさせたりで結構忙しいから、とても蟻まで手は出ない。
どの集団でも似たりよったりだけれど自分の好みとしては、比較的のんびりやの揃った玄関わきの靴拭きの下の茶色集団に目をかけているつもりだ。一つには出入り口で日に何度もその茶色のエナメルを見かけるせいもあるし。又一つには家族や訪れる人達にふみつぶされる率が多いから貢物も他の集団よりも心持ち多くなる。衣食足りて礼節を知るのは人も蟻も差がないらしい。如何にも食足りたものの鷹揚さで優雅に餌のまわりを二三度巡るとそのまま遠出してゆく蟻。その餌を拾い上げ他の集団の入口におくと瞬くうちに多勢がワヤワヤと大騒ぎして巣の中へ取り込む。「こんちきしょう。ざまたれえ」なんてはしたない言葉を使って内心私は茶色集団のおっとりさ加減を得意がっている。やはり贔屓にしているのだろう。
こうして四年ほど過ぎたが最初のころ、寒い冬を越すと大体蟻達は元の巣の近く辺りに営巣するので、私は去年の目じるしを求めたがついぞ見かけなかった。冬眠している程にエナメルが剥げるのかなと思ったがゆうじに聞くと、女王以外の働き蟻とか育児蟻とか兵蟻とかは一年で死ぬものらしい。とわかった。けれどもそれにしてはこの玄関わきの茶色集団は毎年おっとりと構えているのはどうしてだろうと不思議みたいだが、何のことはない。蟻達の巣の傾向というのは私自身の行動に左右されたのに過ぎない。万物の神といわれるゼウスを僭称しかねまじい私の作為の結果だとわかった。しかしやはり私はこの玄関わきの茶色社会を特別なものに思っている。
前夜俄雨が降ったがナイロンを巣にかぶせるのが億劫で捨てておいた。蟻は雨が降っても不都合のないよう巣造りしているよ、とゆうじにいわれているが、他はともあれ茶色ッ子だけは雨水のしみ込まないよう心掛けていたが、その夜は何か気が進まなかった。雨風は夜中吹き荒れていたらしく、雨戸を繰ると昨日まで満開だった八重桜がぼってり水を含んで枝にはりつき惨めな残骸をさらしている。以前朝日の天声人語で釈瓢斎居士が八重桜や染井吉野をむきになって攻撃し、桜は山桜に限ると毎年書いてあった記憶があるが成程、こんな惨めな花の姿をみれば瓢斎先生でなくてもいやになる。
一月頃から咲きつづけている水仙も、今は大盃という大きな花の真ん中に朱色の苞のある種類だけ残っているが、それも風に倒れて泥をかぶっている。無数の襤褸布になった花弁を箒木ではきよせ、倒れた大盃に支柱をたてて、ともうそれだけで午前中はかかって了う。亭主は早々と勤めに出たし、ゆうじは春休みとあっては昼過ぎまで起きてこない。掃除、洗濯ほったらかしで私は台所の卓子の下にねそべっている犬にいう。「さあ、庭へ出て働こう。うまいもんは小勢、仕事は大勢いうからね。あんたも手伝って」「あーあー、又庭仕事か、ワシは庭仕事嫌いぢゃ、それよか散歩しようやないか」「駄目、散歩は後廻し、仕事が先よ。ちゃんと仕事手伝ったらお使いゆくとき連れたげるから」犬は四肢を長々とのばし、ふしょうぶしょう仏頂面を差しのべる。首輪を嵌めて玄関の戸を開ける。左手へ曲がると草や木の植えてある猫額。いつもは先に立って仕事に出る犬がその時いきなり地面に伺って凄く吠え出した。この犬がこんな風に地面をひっかき鼻息荒く吠えるときは大方いやな虫共のお出ましなのだ。「毛虫? 蚯蚓? いやよ、こっちお出で」「うわわおう。違うよ母ちゃん、これどうすんのや、これどうなったんや」
犬も十年寝食を共にしているとお互い犬語人間語自由に使えて意思疎通するのは家族と殆んど同じことだ。私は異常な犬の素振りにひかれて身をかがめ地面に顔を近づけて、思わず「あっ」と叫ぶ。足許が定まらなくなってよろめく。何ということだろう、ついこの間目じるしをつけたばかりの茶色ッ子が無慮一千億(というのはその時の感じ、後で勘定してみたら五百八十六匹)うち重なって巣の入口で斃れている。何がどうなったのか、昨夜の嵐をこの蟻達はどう過ごしたというのだろう。累々と重なり合い押し合って、それらのすべてが息絶えている。私は暫くぼんやりと佇むばかり。何が起こりどんな経過を辿った挙げ句の大量死なのだろう。他の集団はどうなっているかしらん。私は慌てて梅の木の下、石段の横、畑の中、と目をかけている限りの集団を調べてみたが異常はない。とすると茶色ッ子の巣の中で、何らかの異変が起こったのだろう。女王蟻の気が狂って、働き蟻のすべてを追い出したか、或はもぐらとかおけらとか蝉のサナギなどが巣を襲ったのかもわからない。或は餌による集団食中毒、その他、大水が侵入したのかもしれないし小さな地震による崩壊? 等々考えられる限りの可能性を思い浮かべてみるが真相はわからない。しゃがみこんで半時余り。
今は出入りするもののない巣の入口を五月の明るい光りが照らしている。小さな小さな蟻の世界の無気味な沈黙。廃墟の建物は崩れ樹々は枯れ烈しく戦い抜いた戦士達の血みどろの死体。人間の歴史にある深い原体験みたいものが私の想念をゆさぶる。それは普段余り思い出さないでいる私自身の蒙古からの引揚げ時の無残としかいえない数多くの屍を思い起こさせ、うつろな目を濯ぐばかりである。と、どうしたことだろう。余り見かけない図体の大きな軍隊蟻が二匹、累々と屯する残骸をかきわけるように巣の中から出て来た。途端、すべての事情がはっきりわかった。もはや躊躇する必要はない。私はつるはしを持ってくると叩土の下をごっそり掘り起こした。いるいる、案の定、茶色ッ子とは似ても似つかぬ大兵、全長一寸以上はある黒々とした山蟻が十匹以上も慌てふためき這い出して来た。
蟻の種類には自分で営巣せずいつも他種の巣を横取りして労力を省く横着者がいるという話はきいているが、こんな風に実際に見たのは始めてだ。何だか体の中がカァーッと燃えたって来て私は棒を拾ってその先で次々とひねりつぶした。自分と全く関係のないよそへ出かけ、様々の手段や衝動によって殺し合う人間世界とよく似ていることだろう。それが又「強きを挫き弱きを扶ける」講談の中の武士みたいな性質を多分に持つ私の怒りをよび起こし、私はやけにのぼせて巣の中の大蟻だけでなく、桃の木をはっている奴等を片っ端からにじりつけ、ふみ殺す。
「お母さん、何してるの」いつの間にか起きて来たゆうじが声をかける。
「何もしてへん。大事の秘蔵ッ子が軍隊蟻にやられてしもうたし目下天誅を加えている最中や」「そんなこと止めてくれよ。それに第一軍隊蟻なんて日本には居らんよ」「居っても居らんでも軍隊蟻や。おまけに義を見てせざるは勇なきなりいうでしょ。これやらんと国是に反するの。何が何でもヤッタルデエ」
いきまいている私から棒切れをとり上げ、まあ家の中へお入りよとなだめ賺して招じ入れ、お茶を一杯御馳走してくれる。それからは例の如く理をつくしてのお説教。蟻の社会では終始起こる現象だという。というのも蟻の仲間のさむらい蟻などは本来自分の巣を作らず、黒山蟻の巣を襲ってはその蛹をうばい自分の巣の中で奴隷として使役するし、その他の種類でも赤山蟻の女王は黒山蟻の巣から蛹をうばって自分の働き蟻にするという。
「それじゃ小さな蟻達は安心して営巣できんことになるやないの。力のない方が力のある方に屈服させられるなんて、人間世界のそんな力関係については私の及びもつかんことやけど、蟻の世界では我慢できんわ。それは許し難い悪徳やし不正というもんやわ」「又、お母さんの混同が始まった。人間世界と他の生物界では比較の対象にならないし、するべきではないでしょう。人間以外の生物は自然に生存方法が決められていて、それを人為で狂わせては駄目だって、いつもいうてるやないか」「だけど、けどもさあ、あんまり人間世界を象徴しすぎているもん。我慢できんのよ」「成程似てはいるよ。生き物としての力関係は似ているけれど象徴ではないこと位わかるでしょう。種の異る世界の現象なんだから。そこを理解してもらえないかなあ」
お茶のサービスを受け丁重に説明され、それでもウンニャわかりませんとは言い難い。「さようさよう。御尤も御尤も。なかなか」など、誤魔化して、蟻のことはさておいて、夜半の嵐に散り敷く桜を丁寧にとり除く。
既にこころは萎えしぼみ「生きて蠢くいのちの集合」への嫌悪も一応のかたはついているのだから。此際蟻とのつき合いにも終止符を打つべきではなかろうか。私はそんなことを考えながら茶色集団の巣穴に土を運び足で踏み固めていた。
二三日して気がつくと、ああ何ちうことだろ。元と寸分違わぬ場所で、どこの誰ともわからぬ蟻共は忙しそうに巣を作りはじめていた。
昭和四十七年七月
蛇足。樋口かずみ同人の「蛆葬」にたいへん感心しましたので、母・芙美子の日常スケッチ風創作から、この作品を選んでみました。母は、花や木や小鳥たちと自由に会話する人物で、獰猛な蒙古犬や台所のヒキガエルを手なづけたりしていました。作中に湧地という名前の虫めづる次男坊が登場しますが、事実は「涌地」と名付けるつもりが、その字は人名に使えないとわかり「遊地」に。これは、衆生を救うべく浄土を出て駆けつける時に使う「園林遊戯地門(おんりんゆげじもん)」の略だと父・大安が話していました。
(安渓遊地)



