WWFJ声明)与那国島の重要湿地・樽舞湿原周辺での新港湾整備計画について
2024/11/25
本日声明がウェブサイトに掲載されましたhttps://www.wwf.or.jp/activities/news/5817.html
南西諸島の最西端に位置し、陸域および河川・湿地などの淡水域、そしてサンゴ礁をはじめとする沿岸域の豊かな生物多様性を誇る与那国島は、固有種や固有亜種を含む、野生動植物種の重要な生息・生育地となっています。
現在、与那国町は、沖縄県に対し、国が特定重要拠点空港・港湾候補の一つとしている比川地区・樽舞湿原周辺における新港湾の整備計画の実施を要請しており、これを受け、沖縄県がその実施の可否について検討中であることが、沖縄県議会での質疑や開示された公文書から明らかとなっています。
WWFは本計画の予定地が、国の重要湿地(生物多様性の観点から重要度の高い湿地)に選定されており、鳥獣保護区にも指定されている樽舞湿原の全域を含んでいること、また比川地区沿岸の貴重なサンゴ礁域に及んでいることから、下記の点について十分な配慮が必要であると考えます。
本計画の予定地が、国が選定した重要湿地を含み、希少種を含めた野生動植物の生息・生育地となっていること、現状の生物多様性、および野生動植物の生息・生育調査が、十分に実施されていないこと、軟体動物多様性学会をはじめとする専門家から開発計画に対し懸念の声が上がっていること、上記の点から、当該地での開発計画は、生物多様性に深刻な影響をもたらす可能性が高いこと
以上を踏まえ、沖縄県は本計画の検討にあたり、予定地周辺における動植物の生息・生育状況を十分に調査し、その結果を踏まえて事業実施の是非、もしくは重要な生息・生育地の保全に十分な配慮をしたものに計画内容を見直すことについて、慎重に判断する必要があると考えます。
生物多様性国家戦略により「ネイチャーポジティブ」の実現に向けた、30by30ロードマップに基づく自然保護区の拡充が求められる中、WWFは沖縄県に対し、「沖縄におけるSDGs達成に向けた優先課題」の一つに「多様な生物・生態系や世界自然遺産を含む自然に囲まれた環境の保全」を掲げる自治体として、慎重な検討と判断を期待します。
<参考資料>
軟体動物多様性学会の要請書 http://marine1.bio.sci.toho-u.ac.jp/md/index.html
樽前湿原周辺で確認されている希少な野生動植物の例
レッドデータおきなわ 環境省レッドリスト その他
ヨナグニカラスバト 絶滅危惧ⅠA類(CR) 絶滅危惧ⅠB類(EN) 国指定天然記念物、
国内希少野生動植物種
キンバト 絶滅危惧ⅠB類(EN)
エサキタイコウチ 絶滅危惧ⅠB類(EN) 準絶滅危惧 (NT)
ヨナグニカタヤマガイ 絶滅危惧IA類 (CR)
樽舞湿原の重要性について
与那国島の樽舞湿原は、東西約1kmにわたる八重山地方で最大規模の湿地であり、希少鳥獣の生息地として、鳥獣保護区に指定されている。一帯には、ヨナグニカラスバトをはじめ希少な鳥類が多数確認されているほか、トンボ類をはじめ水生・半水生昆虫が多数生息している。また湿原の植生は、「断層運動によりできた谷底低地に広がる湿地帯でヨシクラスの植生であり,他の動植物の生息・生育場として重要」な場所とされている。(環境省「重要湿地No.633与那国島の湿地・河川」および評価資料より)。さらに、樽舞湿原とその周辺は与那国島固有種のヨナグニカタヤマガイのタイプ産地であり(波部, 1961)*(1)、学術的に重要な生息地である。
しかし、これらの絶滅危惧種を含む希少野生動植物の生息・生育状況については、未だ十分に調査されているとはいえず、これらの生息・生育状況を改めて把握し、それを踏まえた、予防原則に基づく十分な配慮が必要である。
サンゴ礁域保全の重要性について
樽前湿原の下流域に位置する与那国島の南岸からは、海底および海岸で大規模な侵食地形が報告され、強波浪環境下でつくられる地形が顕著にみられる沿岸域となっている(菅ほか, 2024)*(2)。大規模な開発計画により、自然の防波機能を有するサンゴ礁生態系と地形が破壊された場合、沿岸の比川集落および周辺地域では防災上の懸念が生じるおそれがあり、防災機能の十分な評価が必要である。
また、比川集落沖では、礁縁付近縁溝の上部がサンゴの成長によって塞がれたリーフトンネルが多数並走していることが報告されている(菅ほか, 2022;菅ほか, 2023) *(3)*(4)。このリーフトンネル群は他島では見られない特徴的なサンゴ礁地形であり、その地形のおもしろさはファンダイビングにおいて価値が高く、且つ、水深的に減圧ポイントとしても有用であることから、与那国島独自の観光資源として、活用の広がりが期待されている。本計画の工事により周辺の造礁サンゴへの悪影響および港周辺の海上移動が大きく制限されるであろうことから沿岸域周辺のマリンスポーツ事業への影響を十分に考慮する必要がある。
*(1) 波部忠重、1961. 八重山群島与那国島のタイワンカタヤマガイの1新亜種. Venus, 21: 278–281.
*(2) 菅 浩伸,木村 颯,堀 信行,三納正美,上瀧良平,市川泰雅,山舩晃太郎, 片桐千亜紀,中西裕見子,浦田健作,市原季彦,藤田喜久,鈴木 淳, 中島洋典, 佐野 亘 (2024) 与那国島沿岸の海底における砂岩の侵食地形― マルチビーム測深と ROV フォトグラメトリー,潜水調査による浅海底地形研究. 2024年日本地理学会春季学術大会, 青山学院大学, 2024年3月20日
*(3) 菅浩伸, 木村颯, 佐野亘, 藤田喜久, 三納正美, (2022) 与那国島のサンゴ礁地形, 日本サンゴ礁学会第25回大会, 沖縄県石垣島, 2022年11月12日
*(4) 菅浩伸, 木村颯, 藤田喜久, 片桐千亜紀, 中西裕見子, 佐野亘, 三納正美. 琉球列島・与那国島沿岸のサンゴ礁地形―分布海域とその特徴について, 2023年日本地理学会春季学術大会, 東京都立大学, 2023年3月25日