紹介)沖縄県史各論篇9 民俗 (琉球新報3回連載) RT_@tiniasobu
2020/07/20
琉球新報の2020年7月16日付で掲載されました。(他の先生方の執筆分もはりつけておきますね。)
このたび刊行された沖縄県史の各論編9の「民俗」は、冒頭に「人と自然とのつながり」の章を設けたところに従来にない大きな特色がある。奄美・沖縄の豊かな自然環境と生物世界との深い関わりが急速に薄れる中、そこで培われた民衆の生活経験に学ぼうと、専門化・細分化された学問に橋をかける理科系出身の研究者が集まった。その活動は、本紙で「うとぅすいぬ宝箱」として毎月連載されているカラー記事によって読者のみなさんにもおなじみになっていると思う。
◎貴重な生物文化
連載の執筆者の当山昌直さんと盛口満さんと並んで、このたびの県史「民俗」に私と妻も、「農と暮らし」「八重山の山と暮らし」「ソテツ利用」について書かせていただいた。
奄美沖縄の島々で、日常食・救荒食として人々のいのちを支えたソテツ。その毒抜き法の伝承をたんねんに調べると、種子は水さらしだけで毒が抜けるが、幹の澱粉の場合は、水さらししてから発酵させる、一八世紀に蔡温の広めた方法と、それより古層の「発酵後水さらし」の方法があることがわかる。忘れ去られてはいけない毒抜きの原理と具体的な方法や工夫を凝らした料理法は、琉球弧の島々の生物文化の貴重な遺産の一例である(安渓貴子のコラム、96頁)。
◎語りの豊かさ
さて、第一部「人と自然とのつながり」は、風水を中心に村落の立地を論じた第一章に続いて、第二章の「生業と自然」で、島という限られた空間の中で、自然の資源を永続的に活かしてきた農・林・漁業のなりわいを捉え、野生の動植物と暮らしのかかわりについての具体的な聞き取りの成果を加えている。
「農と暮らし」では、島々での語りの豊かさを、「畑作物の正しい盗み方と正しい盗まれ方」など、できるだけもとの語りに近い形で紹介している。また、海とのかかわりの中で、渡久地健さんは、サンゴ礁の知識をめぐって、ひとりの海人が記録した二〇〇におよぶサンゴ礁地名を紹介した。海の中の地形についての微細な知識を普通名詞とするなら、これは、固有名詞の花束であり、地形についての詳しい知識があれば、地名の多くは、それを聞いただけでどんな地形かがわかるという。沖縄の民俗の研究は非常に厚い蓄積があるけれども、漁師だけが知っている固有名詞としての小地名を集めてその全貌を明らかにするほど深く掘り下げた例はきわめて稀なのだ。
衣食住や道具づくりを取り上げた第二部以降にも、生物世界との多彩な関わりが取り上げられていて目が離せない。固有名詞の研究では、沖縄島の御嶽やその神々の名前に含まれる植物名の分析(403頁)や、闘牛の命名法(689頁)などは沖縄の生物文化のユニークさへの目配りへの努力の現れである。
アフリカの大河と大湖で漁師の生物文化を研究した私が、とくに興味をそそられたのは、三田牧さんのコラムで、糸満漁師の妻たちの魚の仕入れの作法と、上手に売りさばくための様々な口上に、魚類百科事典のような民俗知識が生きて躍動しているようすだった(305頁)。シャコガイやスイジガイを、屋敷の入り口に魔よけとして置くのは今も目にするが(465頁)、勝連半島には神職も手を触れられない聖なる貝があること(407頁)は、初耳だった。
◎精霊信仰
畑に害をなすカタツムリのオキナワウスカワマイマイを捕らえ、サツマイモを喰わせて内臓ごと食用とする島があれば(124頁)、神人たちがサデーク(霊力のあるダンチク)で突いて撲滅を願う島もあって(577頁)、自然の恩恵と脅威のとらえ方の多様さがわかる。聖なる植物ダンチクの力は、宮古島の津波除けのナーパイ神事でも発揮されているが、その詳しい様子がカラーの写真とともに記録されているのは貴重だ(535頁)。
超自然世界と人間の仲立ちをするものとしての、樹木霊崇拝(92頁、421頁)とキジムナー(549頁)、神人の草装・木装(609頁)、集落の疫病よけのシマクサラシ(588頁)など、東南アジア世界とも深いところで通じ合う精霊信仰については、沖縄民俗の基層のひとつとして、今後とも掘り下げてみたい課題である。
安渓遊地(あんけい・ゆうじ)
1951年生まれ。人類学専攻。京都大学理学博士。山口県立大学名誉教授。1974年から貴子夫人とともに、八重山の人と自然を研究。西表島の農耕文化の研究で沖縄文化協会から比嘉春潮賞。著作に当山昌直との共編著『奄美沖縄環境史資料集成』(南方新社、2011)など。
写真 サデークと呼ばれる竹(ダンチク)でカタツムリを突く粟国島の神人
高峰亨さん提供、『沖縄県史・民俗』の577頁参照



