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みんつど55号)こ゚縁に感謝 #天地成行 #松本征夫 #わが友
2026/03/01
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天地成行さんが編集を引き受けてきた、心がかぜをひいた人も、まだひいてない人も、みんながつどえる場、「みんつど」もいよいよ55号。
よくぞ根気よく続いたものと感心しきりです。
「こんなこと続けてて何になるかしら・・・・・・」と思いながら、道に迷って手探りの日々の中でみつけた、熱い思いとあの眼差し(©天空の城ラピュタ)、あんな癖こんな技、それがいつの間にかつながって、点が線となり(©Steve Jobs)今の私を支えていることに気づきます。
西表島のマングローブの泥の中にテントを張って全身羽虫に襲われながら寝たり、毎日田植えを手伝って、ほとんどノートも書かずに倒れていた日々の古いフィールドノートをめくり、天地成行さんの、苦渋のにじむページなどを眺めていると、九重連山久住山の「坊がつる讃歌」(https://youtu.be/Xir6cC8m6qc 芹洋子さんの紅白歌合戦初出場の歌)を思い出します。そしてこの歌詞を共同作詞した登山家で、地質学者の松本征夫(ゆきお)先生のことが、なつかしく思い起こされます。
私が山口大学教養部でかけだしの教員だったとき、理学部の教授でフィールドワークの大先輩だった、不可能を可能にした野外科学者です。
彼に教わったことは、人ととことん酒を飲むことと、異文化での人間としての信頼関係の大切さでした。対人関係の構築こそが最大の研究手法であるはずの文化人類学の学界には、これほどの人材が見あたらないことを痛感していました。
中国での地質調査の時の彼のエピソード。まず、隊員みんなで、幼稚園に行ってお遊戯して見せて、楽しく一緒に遊びました。次は、地質研究所の所長といっしょにお風呂に入って、所長の背中を流しながら、戦争中に日本人が中国でしたことを涙ながらに謝罪します。もちろんお酒もいっしょにしこたま飲んだのです。
調査が終わった時、収集した地質資料は、一律に国外持ち出し禁止でしたが、「あなただけは、すべて持ち帰ってよろしい」という特別の許可がでたといいます。そのことを目標にしていたわけではなく、人間としての誠を行動で示しているうちに、不可能と思われた扉がドンと開く瞬間がやってきたのでした。
報われないと天地成行さんは嘆いています。屋久島のおじいちゃんに教えられた、器に入れた水のたとえを思い出します。「商売でも同じことだと思うんですが、『取り欲』が先に立てばだめですね。相手から信頼されるような品物を出していかんと続きません。相手を支えてやって、お互いに進んでいくというふうでないといかんですよ。たとえ話でいえば、器に水を入れて自分の方に引けば水はあっちの方に行き、人に向けて押せば、結局自分の方に戻ってくるじゃないですか。」(安渓遊地・安渓貴子『島からのことづて』(葦書房、2000)からの引用。)
天地成行と彼を支える人たちの縁つなぎの行に幸いあれと願っています。
松本征夫
*昭和4年福岡県北九州市戸畑区生まれ。昭和27年九州大学理学部地質学科卒業、同大学、長崎大学、山口大学を経て平成4年定年退官。山口大学名誉教授。理学博士。昭和20年から登山を始め、しんつくし山岳会、日本ヒマラヤ協会、日本山岳会、日本山岳文化学会、九州シルクロード協会などに所属。日本山岳会福岡支部長、日本高山植物保護協会評議員などを歴任(『幻の楼蘭 ロプ・ノールの謎』櫂歌書房、2006)。
天地成行・松本征夫 ファンクラブ 安渓遊地











