女性校長)森万喜子さん 日本経済新聞
2024/11/27
安渓貴子の両親は、小学校の校長でした。夫婦で校長というのは、なかなか想像できないほどたいへんそうです。それでも二人は、退職後もボランティアで活躍しながら、90歳を超える長寿でした。あやかりたいものと思って、遊地は、岳父の背広などのお下がりをありがたく着ています。
『調査されるという迷惑・増補版』の書評 https://ankei.jp/yuji/?n=2984 を書いてくださった、森万喜子さんは、中学校の女性校長として、奮闘された方で、その記事が日経新聞に載っていましたので、消えてしまう前にここにとどめておきます。
女性校長、学校の働き方改革で奮闘 先生にもゆとり
NIKKEI STYLE
2018年9月18日 5:40
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35366750U8A910C1TY5000/
職員会議のやり方を変えた松浦加代子校長(滋賀県湖南市の菩提寺小学校)
教員の長時間労働を見直すなど、各地で女性校長が働きやすい職場作りに知恵を絞る。小中学校の教員の女性比率は高まっているが校長の大多数が男性。仕事と家庭の両立やキャリア構築に悩んだ女性校長らが自らの経験を生かし、学校教育の質の向上にもつなげようと働き方改革を目指し、奮闘する。
少人数会議で若手活発
8月下旬、滋賀県湖南市の菩提寺小学校で新学期を前に職員会議を開いた。担当学年が異なる教員で作るグループから笑い声が上がる。松浦加代子校長(55)は少し離れて見守り、会議後に紙に書かれた意見を集めた。
以前は毎月1回、教員全員で行っていた会議を、ほぼ2カ月に1度に減らし、少人数制のグループディスカッションにした。若手教員が遠慮せず、働きやすくするアイデアを出せるようにするためだ。
「小さなことからコツコツと」と見直しを積み重ねる。同校では校内のプールへ上履きのまま児童を移動させるため、教員がすのこをわざわざ設置し、季節が終わると手で洗っていた。若手教員の提案で、すのこは敷かず体育館経由でプールに行くよう変更、長年の"慣習"を見直した。
業務効率化を進める一方で綿密にフォローする。業務改善だと教員は考えても、「保護者と距離ができたら本末転倒」との危惧からだ。夏休み恒例の個別懇談は廃止を決めたが、保護者らにプリントで相談の場をいつでも設けることを伝えた。
教員が疲労感を覚えるのは、児童のトラブルや保護者への対応がほとんどだ。校長室の扉を開けて職員室の様子がいち早く分かるようにし、校長と教頭、教務主任らが教員からの相談や報告を一元的に把握する。
松浦校長は同じく教員の夫と共働きで3人の子供を育ててきた。「教員自身が自分の生活を大切にできる生き方をしてほしい」。自らの家庭生活から得た思いだ。
文部科学省によると、公立学校の女性教員の比率は増え続け、2018年で小学校は62.4%、中学校で43.7%。ただ、女性校長は小学校で19.6%、中学校で6.6%にとどまる。政府は20年までに校長・教頭に占める女性の割合を20%に引き上げる目標を掲げ、長時間労働の見直しや研修への参加機会を女性に開く施策を始めつつある。
森万喜子校長は空き時間に授業を巡回し、若手教員には助言をすることも多い(北海道小樽市)
無駄排除、定時帰宅促す
学校の中でもとりわけ長時間労働が指摘される中学校。ハード面の改善で無駄な動きを減らすのは、北海道小樽市立朝里中学校の森万喜子校長(56)。同校に赴任した今春、校長室の大半を占めていたソファセットを除き、代わりに廃校で出たテーブルを運び込み、打ち合わせスペースにした。「学校現場には前例踏襲が染みついている」として不要な物や仕組みは切り捨てる。「ブルドーザーと呼ぶ人もいる」と笑う。備品や文房具は職員室の一角にまとめて使いやすくし、それまで各担任が預かっていた生徒の携帯電話は一括で保管する。
「文書作りなど雑務に手間暇を掛けて『仕事をした気』になっている教員が多い。本当に必要な業務かをいつも問い直す姿勢が必要」と語気は鋭い。今学期からタイムカードを導入し、「どれだけ働いているかまず自覚を」と諭した。定時には早く帰るよう声を掛けて回り、自身が率先して職場を後にする。
原点は「ブラック職場だった」と振り返る新任で赴任した千葉市内の中学での経験だ。会議に合わせて教職員は早朝から出勤し、夕方に頭を下げて職場を後にする子育て中の女性教員が陰口を言われた。「深夜まで働ける男性優位の職場で、早く帰宅する女性は黒子だった」。47歳で小樽市立中学で初めて女性教頭になり、今は市内唯一の女性校長。「大人が楽しく生きる姿を生徒に見せて人生に希望を持ってほしい」と願う。
「女性教員特有の悩みがあるのではないか」と話すのは、全国公立小・中学校女性校長会の元会長で東京都目黒区立東山小の佐々木直子校長(60)。17年夏に全国の女性教員に働き方に関する調査を実施した。校長職(75人)の約8割が1日に11時間以上勤務し、平均睡眠時間は5時間。教員(246人)の8割以上が子育てや家庭との両立で困難を感じると回答した。結果をもとに「会計処理などの作業は事務職員を活用してほしい」「難しい保護者には組織で対応する仕組みを」などと文科省に要望を伝えた。
女性教員仲間が子育てとの両立に悩み、やむなく退職する姿を見てきた。「教員の世界は男女平等」とされるが、管理職の打診は男性にという風潮が根強いという。女性の後輩教員に研修会への参加を促し、校長昇進試験の助言もする。「ジェンダー教育の視点でも女性管理職をより増やしたい」。男女問わず様々な立場の教員が子供に関わる環境の大切さを強調する。
学校の「思考停止」脱却 ~取材を終えて~
「学校独自のローカルルールが多すぎる」「前例踏襲が大好きな風土でね」。学校現場を取材するとこんな言葉が多く聞こえた。地域に根ざし、長い歴史と伝統を背負う学校という場には、前例を重んじる風潮がとりわけ根強いのかもしれない。それらを「思考停止してきた産物」と冷静に見なして改めることで、教員が元気に働けるようになるのは好ましい。
取材で会った女性校長は全員「校長になって良かった」と言い切る。「現場で子供たちと触れ合いたい」と管理職昇進を断る教員は多いと言うが、校長だからこそ授業のない時間に子供に積極的に関わって話しかけ、教員の負担を減らすような役割を果たす場面も多そうだ。
教員は子供の未来を導く特別な人ととらえられがちだが、働く人であり家庭人でもある。1人の大人として楽しく生き生きと充実した働き方がかなう時、生徒へ最大限のパフォーマンスを発揮できるのだと実感した。(松浦奈美)
東洋経済 には、森さんに焦点をあてた記事もあります。
https://toyokeizai.net/articles/-/611944
時間短縮だけの「働き方改革」でなく、教員が笑顔でいられる学校づくりを
小樽市立朝里中・森万喜子校長の思う「本質」は
2019年、文部科学省が「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」を策定。それまでも問題となっていた教員の長時間労働に触れ、その働き方改革が急務であると示した。それから3年以上が経つが、負担の大きさや拘束時間の長さを嘆く教員は相変わらず多い。教員不足やなり手の減少も取り沙汰される今日だが、森万喜子氏が校長を務める北海道・小樽市立朝里中学校では少し様子が違う。「本質は何かを忘れず、とにかくシンプルにすること」が重要だと語る森氏。同氏の考える「働き方改革の本質」とはどんなものか。
2022/08/23
東洋経済education × ICT編集部
「あくまで主語は子ども」手段の目的化が起きていないか
森万喜子氏が北海道の小樽市立朝里中学校の校長に就任してから、今年で5年目になる。その間、学校の環境改善のためにさまざまな取り組みを行ってきたが、今日の「働き方改革」の扱われ方には疑問を抱いているという。
「働き方改革の本来の目的は、教育の質の向上だったはずです。教員が疲れ果てて授業研究もできなかったり、子どもたちに笑顔を見せられなかったりするようでは困る。だから先生に元気でいてもらいましょうということが本質のはずだったのに、今では時間短縮ばかりが主軸になって、手段の目的化が起きているように思います」
数値目標に振り回されたり、まして学校ぐるみで在校時間の記録を改ざんしたりしているようでは「子どもたちもがっかりしますよね」と森氏は苦笑いする。そもそも一刻も早く帰りたいような職場こそが問題であり、まずそれを改善することこそが働き方改革の「本質」だと森氏は考えている。
朝里中ではどんな取り組みを行っているのだろうか。森氏はわかりやすい例の1つとして「行事のシンプル化」を挙げた。
2021年の文化祭では、コロナ禍でいくつかの制限があった。その中でも子どもたちに満足感を味わわせるには、これまでと違う工夫も必要になる。森氏はその工夫と行事のシンプル化を一度に満たせる策を考えた。
「クラス発表やポスター制作など、教員が枠組みを決めて子どもにやらせることはなくしてもいいのではないかと思いました。行事に向けて、暇な生徒がいないように活動を増やすことが目的のような気がして。その分、生徒自身が発表したいことを考えて、一人でもいいし、クラスや学年を超えたグループをつくってもいいから、自主的に自由にやれるようにしてはどうかと提案したのです」
森氏の案に対し、「何もしたくない子がいたらどうする?」と懸念を述べた教員もいた。だが森氏は「まずやってみて」とハッパをかけた。結果、何もしたくないという消極的な生徒は一人もいなかったという。また、発表内容の希望が出そろったときには「ダンスをやりたいというグループがあるが、自分には指導ができない」と相談にきた教員もいた。森氏は「それこそ望むところ」だとにんまりした。
「ダンスならネットの動画を見てもいいし、わからないことを誰に聞くか考えることも学びになります。子どもたちが自分で調べることこそが成長につながるので、あまり教えようとせずにほったらかしていいと伝えました」
この「ほったらかすこと」、つまり教員が手を放して任せることが大切だと森氏は語る。
「教員というのは、つい教えてあげたくなる人たちです。また、負担が多くても自分の言葉で子どもたちに語りかけることはやめようとしません。例えば通知表の所見や学級通信、宿題へのコメントなどですね。子どもも喜んでくれるし、これをやめさせられるのはつらいのもわかります。私も昔はプリント作りなど、仕事をした気になれることに一生懸命手をかけていました。でも、それは自己満足に終わることもあると理解したほうがいいと思います」
森氏は自戒を込めてそう振り返る。現在は自身を「前線の先生たちに笑顔でいてもらうための黒子」と称する森氏だが、その前線の教員にも、必要なシーンでは黒子になることを求める。あくまでも「主語は子ども、主役は子ども」なのだ。
はたして文化祭当日には、生徒たちの自主制作によるイラスト、動画、コントやダンスも披露され、生徒同士も互いに知らなかった一面を知ることができた。「来年もこの形でやりたい」という声が95%を超え、シンプルになった文化祭は大好評だったそうだ。
黒板アート(左上)も制作された生徒主導の文化祭。パソコン部によるゲーム(右上)や生徒のイラスト(左下)、ダンス(右下)など出し物は多彩
(写真:森氏提供)
若手もベテランもフラットに、実じつを取る体制を徹底
森氏が心がけているのは、「チャレンジする若手、それを支えるベテラン」という構図だ。自身も若い頃、新しい提案をするたびにベテランの非難を浴びてきた。その経験から「職場はフラットに」という意識を強く持っている。
「会議ではつねづね『前年と同じというのはやめてね』と言っています。若い教員が意見を言えない職場では、新しいチャレンジは生まれません。ベテランにはその意欲やアドバンテージを潰してほしくないし、若手にはベテランに遠慮しすぎてほしくないのです」
朝里中では2年ほど前から、20代教員だけが参加するミーティングを開催している。コロナ禍で飲み会などができない状況でも、悩みを相談し合ったり、ガス抜きをしたりするいい機会にもなっているという。
また、ベテラン教員が「軽んじられた」と不満をためることもないよう配慮している。
「意見があったら陰口や愚痴にせず、私に直接言ってくださいと伝えています。DMをくれてもいい、ささいなことでも遠慮なく話そうよ、と。職員のことはリスペクトしています」
こうしたことを積み重ねて「意見を言いやすい環境」をつくったことで、抑圧的な雰囲気も薄まり、話し合いができるフラットでストレスフリーな職員室になってきたと感じている。その成果の1つが、今年から実施している「数学の定期テストからの脱退」だ。
「定期テストより単元ごとの習熟度を重視する学校は増えていますが、うちではこれが、トップダウンでなく教員から『やってみたい』という声が上がりました。若い教員が生徒の現状分析を行い、明確な根拠を持って提案したので、反対する理由もありませんでした」
単元テストを実施し、1学期の終わりに生徒にアンケートを取ったところ、「単元テストに一本化された今のほうが学びやすい。意欲が湧く」と答えた生徒が圧倒的だったという。若くして学校改革を実践できる経験は、教員のキャリア面でも意義の大きいものだ。森氏はこの取り組みのポイントをこう説明する。
「単元テストへの移行は仕事を楽にするためにしたことではなく、教員が純粋に子どもたちのことを考えた結果です。朝里中の学校教育目標に『果敢に挑戦する人』という言葉があるのですが、教員自身がこうして果敢に挑戦する姿を子どもに見せることは、何よりの教育になると思います」
森 万喜子(もり・まきこ)
小樽市立朝里中学校校長
1962年北海道生まれ。北海道教育大学特別教科教員養成課程(美術)卒業。千葉県千葉市で5年間、その後北海道小樽市の中学校美術教員、教頭職を経て校長に。2018年から現職。同年兵庫教育大学教職大学院教育政策リーダーコース入学、修了
(写真:森氏提供)
もちろん、仕事を楽にするためにシンプルにしたこともある。教材費などを現金で集金することをやめ、保護者の口座から引き落とせるようにした。教育委員会の視察がある際に「歓迎 〇〇様」と看板を掲示したり、後日お礼状を送ったりすることをやめた。教育委員会にはその旨を書面で通達したが、「とくに文句も出ませんでした」とあっけらかんと笑う。また、授業案や資料の作成など、教員の負担が大きい公開授業研究会への参加をやめた。その代わりに、希望者はいつでも見学に来ていいということにした。
「教員が忙しいのは確かなので、仕事はシンプルにしたい。実の伴わないことは、たとえほかがみんなやっていてもやめることにしました。学校はどうしても、どこかで横並びの意識が働く場所です。そうしたことには『それ、本当に必要?』と疑問を投げかけ、本質を思い出してもらいたいと考えています」
「校長になりたい」「教員になりたい」と思える学校へ
先進的に見える朝里中だが、実は時代に逆行しているように思える面もある。例えば森氏は、事前の根回しですぐ合意を見るような会議をよしとしない。議論が深まらず、承認のためだけに行われる会議は本来の目的から外れているからだ。
「時間短縮のために先に方向性を決めて行う職員会議は、スムーズに進むように思えますが、リーダーや担当者以外が発言しづらくなります。意見が言えない環境になってしまうことは避けなくてはいけません」
また、近年は保護者からの過度の干渉を制限する学校もあるが、朝里中では学校から保護者に連絡することも多い。
「保護者は子どもが朝登校したら、笑顔で帰ってくることが当たり前だと思っています。でも実際は学校でトラブルが起きて、笑顔で帰せないこともある。そんなときには、『今日こんなことがありました。心配かけちゃってごめんね』と先に情報を共有しておいたほうがいいと思っています。保護者側からも相談があれば聞かせてほしいし、私自身が1対1で話すこともよくあります」
保護者からはむしろ「相談していいんですか?」「校長先生が聞いてくれるの?」という反応もあるという。それに対し森氏は「私たちは子どもの幸せと成長を願う同志じゃないですか」と答える。
「教員というのは、必ず突発的なことに時間を割かれてしまう仕事です」と言う森氏。だからこそ減らせる仕事を減らし、負担の大きい行事などのスリム化を図ってきた。さらに「基本的にはお任せしますが、孤立はさせません」と、チームで教員をサポートする体制を整えている。新しい取り組みが生んだ時間の余裕と体制が、古きよき学校ともいえる、家庭との距離が近い環境をつくっているのだ。
「本校の最大の特色を挙げるとしたら、おそらく生徒一人ひとりを大事にしていることだと思います。とにかくこの一点に尽きます」
森氏はこう語るが、これこそまさに「学校教育の本質」ではないだろうか。そこに注力することで優先順位が明確になり、その結果として、時間の使い方をはじめとするさまざまな問題が改善されている――これが朝里中の現状だ。フラットでストレスフリーな職場で働く若手教員が、「管理職をやってみたい」「校長になりたい」と言ってくれるようになったと森氏はほほ笑む。さらにうれしいことも起きている。
「生徒たちに進路希望を聞くと、教員になりたいと言う子どもが増えてきました。理由を聞くと『先生たちが楽しそうだから』と。教員たちにはそういう姿を生徒に見せ続けてほしいし、いつも笑顔でいてほしい。自分たちが働く環境を、自分たちで変えていってほしいと思います」
森氏は今年が朝里中で校長を務める最後の年。「あと少しですが、学校づくりは楽しいよということをもっと伝えていきたいですね」と語った。
(文:鈴木絢子、注記のない写真:Ushico / PIXTA)
最近の活躍ぶりも目が離せません。プランが先にくる PDCAの胡散臭さを、みごとに突いています。
以下引用
よく「PDCAサイクルを回す」といいますが、私は学校現場においては、PDCAではなく、OODAループ(Observe /観察、Orient /状況判断、Decide /意思決定、Act /実行)の方が合致していると考えています。子どもの表情を観察したり、現状把握したりしてから、舵を切っていく。PDCAの概念のように、先に綿密なプランがあってもこどもたちの実態に合っていなければあまり意味がありません。地域や家庭、子どもの状況を見て、手を打っていくことが学校で取り組みのサイクルを回していくポイントだと考えています。
https://aomori-pref.note.jp/n/n41748b3979d2
森万喜子副議長インタビュー】「こどもが主役の学び」に向けて、学校の応援団となっていく
こどもたちの幸せを考えるラウンドテーブル (青森教育改革有識者会議)
2024年4月4日 09:43
2023年7月からスタートした青森県教育改革有識者会議。森万喜子副議長に青森県教育改革有識者会議に参画した思いと学校現場へのエール、2024年度の意気込みについて聞きました。
目次
青森県の教育改革参画へ
OODAループを回し学校業務を改善
「みんな同じ」をやめていく
「これって本当に正しいの?」を問い続けてほしい
青森県の教育改革参画へ
ーー青森県教育改革有識者会議に参画する際に、どのような思いを抱きましたか。
「青森県が20年ぶりに知事が変わり、本格的に教育改革に動き出している」とお聞きし、とても大きな可能性を感じました。これまで私は北海道の中学校で勤務して、学校改革に携わってきました。北海道の課題も青森県と共通のことがとても多いのです。少子化や過疎化などが進む中で、どうやってこどもたちの学びを充実させていくか。私が学校現場で、あるいは全国の仲間たちとつながりながら行ってきた実践が、青森県のお役に立てるのならばと思い、有識者会議の一員としてご一緒しようと思いました。
また、私は校長時代に、兵庫教育大学(教職大学院)の政策リーダーコースに3年間通っていました。当時は校長になったばかりで「自分の役割とは何か」を模索していたんです。教頭の延長線上として実務的な仕事をしていたのですが、校長の仕事がこれでいいとは思えませんでした。校長としてマネジメントの役割を果たさなければいけないと思っていたのですが、体系的に学ぶ環境がなく、何もかも手探りの状態だったんです。そうしたタイミングで知人から紹介された大学院に、意を決して飛び込むことにしたのでした。当時の同期は各地で管理職や指導主事、教育長などとして活躍なさっています。このような背景から、学校教育の仕組みについて、あるいは管理職の役割について、関心を持ち検討を重ねてきました。そして、このような思いや学びを青森県で活かしていきたいと考えたのです。
OODAループを回し学校業務を改善
ーー森先生には、「【明日からはじめる】学校業務改善について考えるヒント集」について発表もいただきました。改めて、学校における働き方改革の重要性について教えてください。
有識者会議の初回は「株式会社先生の幸せ研究所」の澤田真由美さんから、「精査できうる仕事はたくさんある」とお話しいただきました。私も現在の学校現場を見ていて同じことを感じます。一度立ち止まって、「これは本当に子どもたちの学びの役に立っているのか」という軸で、見直してみてほしいと思うのです。
私は管理職の時代に、「子どもに直結していないことはやめましょう」と伝えていました。例えば、掲示物をたくさん貼り出すことや研究紀要作りなどは、子どもたちのためになっているでしょうか。「これまで行ってきたのだから必要なことに違いない」と思ってしまうのも無理はありませんが、本来の目的を見失っていないかを振り返ってみてください。分厚くて立派な研究紀要を作っている時はそれはそれは忙しくて大変です。しかし、その時にどれくらい子どもたちのことを考えているでしょう。まずは従来続けてきた業務を棚卸してみることが大切だと思うのです。
ーー学校によって、必要な業務と不要な業務が異なる可能性があるのでしょうか。
こどもや地域の実態に合わせて学校の方針は変わります。学校は、こどもたちが安心して通え、学べ、生活できるようにすることが何よりも重要です。そのためにはこどもたちの様子を見て、学校ごとに取り組みを精査していくことも必要になると考えています。
よく「PDCAサイクルを回す」といいますが、私は学校現場においては、PDCAではなく、OODAループ(Observe /観察、Orient /状況判断、Decide /意思決定、Act /実行)の方が合致していると考えています。子どもの表情を観察したり、現状把握したりしてから、舵を切っていく。PDCAの概念のように、先に綿密なプランがあってもこどもたちの実態に合っていなければあまり意味がありません。地域や家庭、子どもの状況を見て、手を打っていくことが学校で取り組みのサイクルを回していくポイントだと考えています。
ーー学校現場で考えて判断をしていくことがより一層重要になっていきますね。
特に、管理職には現状を見て分析し、意志決定を行なっていくことが求められます。実現するためにICTを使った方がいい場合には、苦手意識を乗り越えて活用していくことも必要でしょう。私は、先生こそが当事者性を持って動いていくことが重要だと思うのです。
全国的な傾向として、これまでは教育委員会の指示に従うように動いてきた学校も少なくありませんでした。そのため、「これをやめてもいいのかな」「こんなことをしてもいいかな」と意志決定に不安を抱くこともあるのかもしれません。しかし、繰り返しになりますが、これからの時代はより一層こどもも先生も幸せで、教育の質が上がっていくようなアプローチを各校で見出していくことが求められます。今回の青森県の改革は、こうした学校ごとの改善を理解し後押ししてくれる追い風になるものであると私は理解しています。
ーー現状を改善したいと思いながらも、「どこから着手したらいいのかわからない」というケースもあるかもしれません。
もしかしたら、「改革」という言葉から、大事に着手しなければいけないのではないかと思われているかもしれませんね。しかし、急に大きく舵を切ることは簡単なことではありません。私は学校現場に合わせて、少しずつ変革をしていくという歩みも大事だと思うのです。
例えば、私は新たな学校に赴任すると掃除からスタートしていました。掃除は今日初めて教員になった初任者から、再任用のベテランの方まで誰もが力を合わせてできます。「私はこの学校のことがわからないから」と尻込みするようなことがありません。学校には大抵物置になっている部屋やスポットがあります。そこから詰まっている物を引っ張り出して、取捨選択し、掃除機やモップをかけます。これまで交流のなかった教員同士が、一緒に机を運んだり「これは捨てますか?」と相談したりしていると、自然とチームビルディングにつながっていきます。そして、清掃後は目に見えて変化を感じ取ることができるので、学校を改善するという意識にもつながりやすいのです。
学校図書館を整理するのもいいですね。青森県だけでなく多くの学校の図書館で、古い本や破れた本がそのまま置いてあります。例えば、市町村合併前の地図は残っていませんか。前の学習指導要領時の参考書はありませんか。図書館がきれいになれば自然と子どもたちが集まってきて、本を手に取るようになっていきます。
廃棄が決まった本は、地域の方に「どうぞご自由にお持ち帰りください」と伝えてお渡ししていくこともできます。また、地域の方が学校図書館で本を借りられる日を設けるなどの仕組みも考えられますね。図書館改革は地域との連携のきっかけになりえる可能性を秘めています。
「みんな同じ」をやめていく
ーー義務教育段階ではどのような転換が図られていくとよいと思いますか。
子どもたちが学びを楽しいと思えているかが最も大切なことです。「今を犠牲にして勉強をしなければ後で困る」という感覚で学んでいると、楽しくはならないですよね。また、どこかでつまずいた子が”敗者”のようになってはいけないと思っています。そのためには、フリースクールなどの選択肢も必要でしょうし、学校の中に居場所を作っていく方法も有効でしょう。
これまでの学校は「みんな同じ」「みんな一緒に」ということに重きをおいてきました。だから、行事においてもクラスで目標を決めて、他クラスと競い合うような仕組みを作ってきたのです。しかし、本来の行事とは、勉強だけでなく、運動で輝く子も演劇で輝く子も合唱で輝く子もいるのだから、そうしたこどもたちにスポットライトを当てるという目的だったはずです。であれば、必ずしも優劣を決める必要はないはずです。
もっというと、子どもたちには学校におさまりきらない多様な得意や好きがあるはずです。そうした個性を尊重すべきです。子どもたちの24時間は子どもたちのものです。行事や部活動や家庭学習において、子どもの時間に対して、細かく「こう使え」と指示・管理しなくてもいいのではないでしょうか。こどもに委ねていくには、大人の心の中に「こどもが暇だとろくなことがない」という不信感がないかを改めて見直していくことが必要だと思っています。
ーー高校における転換のポイントとはどのような点だと考えていますか。
中学生が進路を選ぶ時、高校卒業後の自分をイメージできているのでしょうか。例えば、実業系の高校に通っている子は、「普通科に通えないから仕方なく」といった考え方になっていないでしょうか。「この学校でこれを勉強したい」「こんなことに興味がある」という思いから進路を選び、すべての生徒が高校時代の学びを楽しめるようになっていける仕組みや環境を作っていくことを目指していきたいです。
「これって本当に正しいの?」を問い続けてほしい
ーーこれから有識者会議をどう進めていきたいと考えていますか。
私たちは学校現場で頑張っている先生方の応援団です。こどもたちにも、働く先生方にも、地域にも、寄り添って伴走支援をしていきたいと思っています。そのためには、実際に学校に訪問させていただいたり、先生方のお話を聞かせていただいたりすることが重要だと考えています。学校現場で頑張っていらっしゃる取り組みを拝見して、「すごくいいですね!」とお伝えすることで士気が上がることもあるでしょう。
また、有識者会議の中にはさまざまな専門性を持つ方がいらっしゃるのでリアルな場でも侃侃諤諤し、行政の職員の皆様とも一層連携を強化して、青森県にとって効果があるアクションを検討していきたいと考えています。
ーー子どもが主語の学校にしていくために求められることとはどういったことでしょう。
時代が変わるということは、これまで当然だったことが当然ではなくなるということです。しかし、学校はアップデートが得意ではありません。その中で変化を促していくためには、一つ一つ「これって本当に正しいの?」と正当性を問うていくことが必要です。
例えば、これまでプリントを渡して家庭に情報を伝えてきたのであれば、「これって本当に正しいの?」と考えてみる。紙で配ってきたプリントをメール配信にできれば、印刷して帳合いしてホチキスで止めて渡すという手間がなくなります。家庭では「子どもがプリントを渡さない」問題や「プリントをなくしてしまった」というトラブルがなくなります。こうした議論になると、「スマートフォンやパソコンがない家庭はどうするのか」という反対意見が出ます。では、実際にそうした家庭が何件あるのでしょうか。調べてみた上で正当性を決めてもいいのではないでしょうか。これまでの取り組みを否定するのではなく、問いかけて正当性を考えていくことが大事なのです。
そして、新たな取り組みが出てきた時に、「やってみようかな」と思うためには、ハンドルの遊びのようにちょっとした緩みが必要です。青森県でスタートする働き方改革は先生方がその余白を作っていけるよう後押ししていくものだと考えています。
ーー先生方にメッセージをお願いします。
多くのこどもたちにとって、家族以外の大人で最も身近な存在は学校の先生だと思います。その人がいつもイライラしていたり不機嫌だったりすれば、大人への魅力を感じにくくなってしまうでしょう。人間ですから色々なことがありますが、先生が元気でニコニコしていられるような環境をつくっていくことで、「大人になることは楽しそうだな」と思える子も増えていくと思うのです。2024年度も先生方の応援団として、こうした環境を一緒に作っていくお手伝いをしていきたいと考えています。