文章紹介)危機に瀕する防衛大学校の教育 (等松春夫) RT @tiniasobu
2023/08/04
Googlenews → 毎日新聞 → 集英社オンライン の順で、このような文章があることに気づきました。
2023年8月3日の毎日新聞の記事から抜粋 全文は、以下にあります。 https://mainichi.jp/articles/20230802/k00/00m/040/138000c
新入生の大量退校、多発する不祥事やハラスメント、極右論者の浸透……。どこの話かと思えば、これが日本の安全保障の要、幹部自衛官を育てる防衛大学校(神奈川県横須賀市)で起きていることだというから衝撃である。防大の等松春夫教授が実名で告発した。防大で何が起きているのか?【構成・吉井理記】
新1年生の約20%が退学
――毎日新聞のインタビューに先立ち、集英社オンライン上で論考「危機に瀕する防衛大学校の教育」を公表しました。学校運営の硬直化や教官・教育の質の低下が多くの退学者や不祥事を生んでいる、日本の安全保障にとって危機的だ、と警鐘を鳴らすものです。なぜ実名で告発を?
◆いくつか理由はありますが、ここ3年ほど、アジア・太平洋戦争中の最悪の戦いの一つ「インパール作戦」の戦史の英訳の仕事をしていたことがあります。
――1944年に旧日本陸軍が北ビルマとインド東部で展開した作戦ですね。苛酷な戦場の実情を無視した軍司令官の作戦指導が、膨大な犠牲者を生みました。
◆英訳の過程で資料を大量に読み直したのですが、きちんとしたリーダーがいないことがどれほど悲惨な結果を招くか、改めて痛感したのです。防大は将来の自衛隊のリーダーを育てる学校ですが、防大の現状を思うと、自衛隊もいずれ同じことをやりかねない、と思いました。これまでも内部で問題提起をしてきましたが、改善の兆しはない。まともな組織になってほしい、という願いで世論に訴えました。
以下の文章は、2023年6月30日に公開されたものです。
著者のプロフィールや、さまざまな反響の文書については、集英社オンラインで「防衛大学校」を検索してご確認ください。重要な発言であるのに、なかなか印刷できない設定になっていますので、文字起こしと、pdfを添付しておきます。コピーのつごうで、もしもオリジナルと違っているところがあったら、それは、オリジナルが正しいのでご了承をお願いします。以下引用です。
https://shueisha.online/search?q=%E9%98%B2%E8%A1%9B%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E6%A0%A1
危機に瀕する防衛大学校の教育
等松春夫
はじめに
筆者は防衛省に所属する研究教育者(文官教官)で、横須賀にある防衛大学校(以下、防大)で国際関係学科の教授を務めています。筑波大学と早稲田大学で学んだあと、英国のオックスフォード大学で政治学・国際関係論の博士号を得ました。2009 年に防大に着任してからは、「政治外交史」「日本外交史」や「戦争史」を担当する傍ら、防衛省管轄下の防衛研究所、海上自衛隊と航空自衛隊の幹部学校や統合幕僚学校でも講義を行ってきました。さかのぼると、大学生の時は 3 年連続で、広島県江田島にある海上自衛隊第1術科学校に 1 週間体験入校するような「防衛青年」でした。その頃に公募の予備自衛官制度があれば、迷うことなく志願していたでしょう。めぐりめぐって、防大の教官になったことに、不思議な縁を感じています。
筆者は 2023 年6月現在も、防大の国際関係学科(学部相当)と総合安全保障研究科(大学院相当)の教授という立場で講義とゼミを持っていますが、ひょっとすると、近いうちに資格を失うかもしれません。2020 年から世界的な広がりを見せたコロナ禍の最中、筆者は防大および防衛省の対コロナ施策を批判し続けてきたからです。現在、防衛省の防衛監察本部および防大(総務部)は、昨年 10 月に始まった特別防衛監察に際して筆者が提出した申立書に基づいて、ある調査を進めています。2020 年 7 月 9 日に、筆者は防大の学内で突然、拐取脅迫されました。「メディアに〈防大の機密〉を漏洩した疑いがあるので調査する」と言われて、密室で 50 分にわたる威圧的な訊問を受けたのです【註 1】。
しかし、筆者に言わせれば、彼らの主張する「防大の機密」とは、「約 2000 人におよぶ学生たちの身の安全、勉学・訓練に集中するための環境」を破壊せしめた、國分良成・前学校長や、コロナ対策の総括を逃れるかのように“栄転”した元幹事(=副校長)・原田智総氏(元陸将/現東京都危機管理監)らの「不作為」と「危機管理の失敗/防大の不祥事」であり、断じて「機密」ではありません。
そしてまた、この國分良成・前学校長時代に行われた「調査」では、前述の「筆者に対する拐取脅迫」や「学生に対する私信の検閲」【註 2】など、常軌を逸した行為が行われました。あくまでも仮定の話ですが、今後筆者が防衛省、防大から何らかの処分を受ける事態に発展した後に自説を申し上げても、私怨による報復だと捉えられてしまう可能性が高いと考えるに至り、処分の有無にかかわらず、自説を公表することを決意した次第です。
防大は防衛省の管轄下に置かれてはいますが、大学改革支援・学位授与機構という公的機関の認証を受けた「大学に相当する研究教育機関」です。いわゆる外国の士官学校と並べて言及されることもありますが、厳密には異なります。なぜなら日本では現在、憲法上の建前として「軍隊が存在していない」ことになっているからです。
日本は、民主主義に基づく近代国民国家です。これを否定する人はいないでしょう。そして本来なら、自衛隊は「近代国民国家の健全な軍隊」であるべきですが、現在まで「軍隊ではない、事実上の軍隊」という、きわめてねじれた立場におかれています。その積年のねじれによって、自衛隊・防衛省および防大は「軍隊と士官学校」としての役割を果たせぬまま、自壊に追い込まれつつあるように思われてならないのです。
動揺する防大
受験者の激減【註 3】、中途退校者と卒業時の任官辞退者の著しい増加【註 4】、学生の質の低下、パワハラ、セクハラ、賭博、保険金詐欺、補助金詐取、いじめやストレスからの自傷行為、パワハラをめぐる数々の訴訟の発生で、防大の在り方が厳しく問われるようになりました。
ウクライナ戦争の勃発や中国や北朝鮮の軍事的挑発といった国際情勢の悪化が防大生を不安にさせ、多くの退校者や任官辞退者を生んでいる、軟弱な防大生は税金泥棒であるといった批判も、各紙雑誌やウェブ上でしばしば目につきます。また、最近の『読売新聞』(2023年 3 月 2 日)の記事のように、「いまの若者が打たれ弱い」ことに中途退校者と任官辞退者の原因を求める向きもあるようです。
しかし、20 年以上も前から研究者として防衛省・自衛隊に協力し、防大に勤務して 14 年目になる教育者の立場から率直に申し上げますと、いまの若者の「軟弱さ」に中途退校者と任官辞退者増加の理由を見出す論調には同意できません。現役の教官として、このことは強く申し上げたい。任官しない学生たちの多くは断じて「打たれ弱い」から辞めるのではありません。むしろ、優秀で使命感の強い学生ほど防大の教育の現状に失望して辞めていく傾向が強いのです。
安全保障と幹部自衛官
近年、日本をめぐる安全保障環境が悪化する中、政府は防衛予算を大幅に増額することを決定しましたが、メディアは本質的な問題から目を逸らし、相も変わらず防衛予算の額や兵器や装備の性能の話に終始しています。いくら予算と兵器・装備が増えても、それを扱う人間が質量ともに揃わなければ防衛力の強化は絵にかいた餅に終わるでしょう。
少子高齢化による人手不足が深刻になる中、自衛隊もまた人員の充足に苦労しています。この危機的な状況で自衛隊の中核となるべき幹部自衛官が減少し、また現職の幹部自衛官の質が低下したらどうなるでしょうか。
現代の安全保障はたんに兵器と人間の頭数が多ければよいというものではありません。刻々と変化する安全保障環境と技術革新に柔軟に対応できる、想像力と論理的思考力を持つ幹部自衛官がいなければ、自衛隊を十全に機能させることは不可能です。
にもかかわらず、幹部自衛官になるべき若者を養成する中枢である防大では、受験者の激減、学生の質の低下、パワハラ、セクハラ、賭博、保険金詐欺、補助金詐取、いじめやストレスからの自傷行為など、憂慮すべき事態が立て続けに起きる異常な事態が続いています。
教育が何たるかを知らない官僚たち
防大は日本で唯一の「幹部自衛官をめざす若者を教育する大学相当の学校」であるため、一般大学とは組織の構造が異なります。防大で発生している様々な問題を正しく理解するために、まず組織構造上の特殊性を説明させて下さい。
防大は政治任用の学校長のもとに、総務部、教務部、訓練部の 3 つの大きな組織から構成されています。総務部(事務官/防衛省から出向してくる行政官僚)は、行政組織としての防大を運営する。教務部(文官教官/「防衛学」を担当する自衛官教官)は、授業の設定を中心に教務を扱う。訓練部(自衛官)は、訓練の計画と実施および学生たちが居住する学生舎の監督を行う。
建前では、事務官、文官教官、自衛官という、この 3 種類の人間たちが協力しながら、防大を運営していくことになっているわけですが、その実態は、総務部(事務官)の主導体制に近いものです。市ヶ谷の本省から送り込まれてきた――ごく少数の例外を除き、大学運営や幹部教育の専門家でない上に、学生への愛情もまるで感じられない――行政官僚たちがルーティーン人事で防大の行政面の主要ポストに就き、学校を管理・運営しているのです。
そして、彼らを束ねる学内における官僚のトップが副校長(事務官)ですが、防大創設後、ある時期までこのポストは存在しませんでした。このポストが創設されて以来、防大の官僚的マイクロ・マネジメントが始まり、研究教育機関としての防大の柔軟性が低下していったように感じられます。市ヶ谷の官僚たちは研究教育機関としての防大の独自性を理解せず、あくまでも防衛省という官僚機構の一部として、防大を末端まで管理したいのでしょう。そのため、教育現場の実情とはかけ離れた運営が行われ、意味不明の煩雑な規則が増やされていきます。そして、そのしわ寄せを受けるのは現場の学生と教官です。2 カ月に 1 回程度開かれる全学教授会はたんなる事項伝達の場に過ぎず、一般大学のような実質ある審議ができる場ではありません。
学校運営がこのような硬直した官僚主義に陥らないよう歯止めをかけるのは、本来、一般の文官教官と自衛官の教官(防衛学教育学群)の役割です。学内における文官教官の束ねは副校長(文官教官)で、自衛官教官の束ねが防衛学教育学群長(空将補)です。また、自衛官教官の人事には、副校長(自衛官)という陸将が大きな影響力を持っているため、この副校長の役割も少なくありません。要するに、教務を担当する副校長(教官)と副校長(自衛官)が「士官教育のあるべき姿」を堅持しなければ、防大の運営は管理担当の副校長(事務官)を頂点とする行政官僚に牛耳られてしまいます。いいえ、すでに牛耳られてしまっているのが、現状です【註 5】。
自衛官教官と指導官の資質と適性
「病人・けが人・咎人」。これは海上自衛隊の一部で、教育部署に回される自衛官の類型を揶揄して使われている隠語です。表現こそ異なっても、おそらく陸自・空自でも、実態は大同小異でしょう。
病人とけが人はまだしも、咎人を教官にしていることは大問題です。ここでいう「咎人」とは、部隊や自衛隊内のさまざまな機関でパワハラや服務違反を起こしたり、職務上のミスを多く犯したりした者をさします。
たとえば、後述する海自の X3 佐は、前任地で金銭にかかわる問題を起こした後、防大に送られ、学生たちを巻き込む補助金詐取事件を起こしました。あるいは、防大の安全保障研究科(大学院相当)を学習態度不良のため退学させられた別の空自の 3 佐は、ほとぼりが冷めると防大の学生舎の指導官に補職されていました。さらにまた別の元海将の教授は論文盗作事件を起こしています。ワシントンの日本大使館で部下の 1 佐に対する暴行事件を起こした陸将がいつのまにか防大教授に収まっていたという信じがたい話もあり、この種の事例は枚挙にいとまがありません。要するに部隊や諸機関で持て余された人々が、「手軽な左遷先」として防大に送られてくるのです【註 6】。
このような自衛官が防衛学教育学群(後述)の教官や、学生舎で学生を監督する指導官に補職されることに、筆者は反対です。
防衛学教育学群とは他大学にはない安全保障に特化した科目を教える、防大の看板ともいえる学群で、約 40 人の教官がいます。若干の文官教官がいますが、大部分は自衛官です。そのうちの約 30 名が防衛省内のローテーション人事で補職されているのです。これらの「咎人」と揶揄される自衛官教官の人々は、はたして研究者、教育者としての資質と適性を有しているのでしょうか。ごくごく一部には、います。修士号や博士号を持ち、立派な研究書や専門論文を発表し、学生教育への熱意にあふれた数名の人々を、筆者は存じ上げています【註 7】。
けれども大多数の自衛官教官は、とてもその任には堪えられない人々です。修士号はおろか、まともな卒業論文さえ書いたことのない者までいます。防大に補職されてもいっこうに勉強も研究もせず、代々引き継がれているマニュアル本で紋切り型の教え方しかせず、さらには安直な陰謀論に染まる。自分が担当する授業の枠内で、学外から招いた問題のある論客に学生たちに対する講演をさせる場合まであり、防大内に不適切な人士が入り込むチャンネルになってしまっています。
外部から来た論客が教室で、政治的に偏向した「講演」を学生たちに行い、招聘した「咎人」自衛官教官はよいことをしたと考え、くだんの論客は「防衛大学校で講演した」ことで自分に箔を付ける。そうした行為がまかり通っているのです。
私自身、そのような場に遭遇したことが何度かあり、さまざまな機会に警告を発してきましたが、改まる様子がありません。憂うべきことに、この種の「商業右翼」を講師として学外から招く悪習は、防大のみならず、陸海空の幹部候補生学校や幹部学校(上中級幹部を養成する自衛隊の教育機関)にまではびこっています【註 8】。
自衛官教官の採用基準
このようなことが起きるのは、防衛学教育学群(特にローテーションで補職される自衛官の教官)の人事が、文官教官のような厳格な審査を受けていないためです。せめて「外部機関による適格訓練・適性試験」を課し、それをクリアした自衛官のみを防大に配置するなど、透明性の高いフィルタリングを施していただきたいと切に願います。
学識も倫理観も低い教官が、教室で学生達に授業をすることの弊害はきわめて大きいとしか言えません。優秀で勤勉な学生は「真剣に安全保障を学び、日本の防衛に貢献したい」という熱意を削がれ、中には退校して一般大学や国外の大学で国際政治学や戦略研究を学ぼうと考える者もいます。いっぽう、怠惰な学生は「あの程度でも教官が務まる組織だ」と自衛隊を軽侮して、勉学する努力を怠るようになってしまうのです【註9】。
防大は退職自衛官の再就職先?
また、もう一つの問題として、防衛学教育学群の教官人事への元幹部自衛官の売り込みがあります。この種の人事には当該元自衛官の研究教育者としての資質の有無よりも、人的コネクションの要素が大きく働きます。具体的には防衛省内部で防大の人事に影響力を持つ、防大時代の先輩や同期生に頼った情実人事です。研究業績は貧弱、教育能力の評価もさして高くない元幹部自衛官が、再任用という形でしばしば防衛学教育学群に採用されるのには、このようなからくりがあります。
彼らは外づらがよく、上位者には従順で、ある程度の事務処理能力は持っていることが多い。私の目には、概してそう映ります。そのためか、組織を自転させたいだけの上位者からは重宝されますが、要するに学内権力者の幇間です。このような人々が教授や准教授になっては、学問的に浅くても、要領よく上級者に阿れば防大教官程度にはなれる、という誤ったメッセージを学生たちに伝えかねません。
この背景には、定年が早い幹部自衛官(1 佐・2 佐で 56~57 歳)の再雇用先の減少という、より大きな問題があるので、同情すべき点も少しはあります。しかし、だからといって資格と適性に問題のある人々を幹部自衛官になるべき若者たちの教育に、当たらせてよいという理由にはなりません。再雇用は別個に考えるべき問題です。防大は失業対策事業ではないのです。
学生舎生活と指導官
防大の教育の大きな特色のひとつは学生舎内における学生の指導です。防大は全寮制なので、学生たちは学生舎と呼ばれる建物で集団生活をしています。彼らの日常生活を監督するのが指導官と呼ばれる幹部自衛官たちです。これらの指導官は、学科の科目を担当するわけではないので、補職の審査基準(というものが、仮に防衛省内にあるとすれば)はさらに甘くなります。
学生教育に対する熱意のない上級の指導官は、学生舎内で問題が発生しても見て見ぬふりをして、不祥事の隠ぺいを図ります。時には問題を告発した真面目な学生に圧力をかけて黙らせ、何事もなかったことにする。自分の監督下の学生の間で問題が発生して監督責任を問われるのを恐れるためです。
一方、学生たちと年齢が近い若い指導官たちの中には、学生舎内の生活環境の改善に努め、自主的な勉強会を催すような志の高い者もいます。しかし、彼らのような若い指導官たちが問題提起をしても、上級の指導官によって握りつぶされることが多々あります。部下の管理責任を問われるのを避けたいからです。このような上級の指導官の態度は、真摯に学生指導にあたろうとする若い指導官たちが、自衛隊に失望する契機になりかねません。
こうしてパワハラ、セクハラ、いじめ、学習妨害、公私混同の上級生による下級生への無意味な「指導」、賭博、保険金や補助金の詐取等が学生舎内ではびこります。
リーダーシップ・フォロワーシップ教育がもたらす弊害
防大の教育では、リーダーシップ・フォロワーシップということが強調されます。上級者は的確な判断を下して下級者を導く(リーダーシップ)、下級者はすぐれた上級者に従う(フォロワーシップ)の観念を学生たちに叩き込みます。
軍事組織には命令系統があり、指揮官の統率のもとで行動する。この意識を育てることを目的として、上級生による下級生の指導(学生間指導と称されます)が制度として取り入れられています。
防大生は 1 年生から 4 年生が 8 人一組で自習室と寝室を共有して学生舎で生活しています。したがって、授業と校友会活動(後述)以外の時間は、この 8 人が同じ場所で時間を過ごします。このような生活の中で、上級生が下級生を指導するわけです。しかし、この指導は学習よりも日常の振る舞いに重点が置かれており、学生舎内の清掃、洗濯、教官や上級生への敬礼、学生舎内の種々の行事への参加などについて上級生が下級生の行いを正します。
このように書くと理想的な制度に聞こえるかもしれません。しかし、4 年生でもせいぜい21、22 歳の若者に過ぎません。基本的には、人生経験の少ない未熟な若者たちです。そのような者たちに年齢が少し上というだけで、下級生たちにいかなる指導ができるというのでしょうか。このような学生間指導は往々にして、横暴な上級生による下級生への威圧となります。8 人が一部屋で起居を共にする今の共同生活のありかたは、下級生たちを日常的に不要な圧力にさらすため、メリットよりも弊害のほうが大きいように思われてなりません【註 10】。
個人倫理よりも集団の論理が優先される環境で、悪質な上級生が「指導」をすると、下級生は悪に染まり、学生舎は、いじめ、賭博、保険金詐取などの諸悪の温床となります。前述したように指導官(自衛官)は自分の監督下の学生の不祥事が発生することをおそれ隠ぺいに走ります。結果として上級生の問題行動を告発した下級生が沈黙させられ、悪質な上級生が守られ、悪弊が改まりません。
このような環境下では、上級生からの理不尽な「指導」を受けた下級生は防大・自衛隊という組織に幻滅して退校するか、面従腹背するか、あるいは報復が恐ろしいので上級生の指導に無条件で服従するようになります。そして、根拠なきリーダーシップとフォロワーシップにより集団の団結が強調される中で思考停止に陥り、上級者の命令に疑問を持つこともなく従うというメンタリティが形成されていきます。こうして、上級者に引きずられた下級者が、結果として悪事に加担してしまうことが起きるのです。
上級者には逆らえないメンタリティ
近年では保険金詐欺と補助金詐取事件が、この誤ったリーダーシップとフォロワーシップの産物でした。2013 年に発覚した保険金詐欺事件は防大生たちが校友会活動や訓練などで負傷したと偽り、保険金を不当に取得していた事件です。
結局、13 人以上の学生が退校処分となり、5 人以上の任官していた卒業生が懲戒免職となりました。しかし、この保険金詐取は長年にわたって組織的に続けられていた形跡があり、在校中に詐取に関わりながら、詐欺罪の公訴期限の7年がすでに過ぎているという理由で処罰を逃れた者たちもいます。
2019 年に明るみに出た補助金詐取事件とは、防衛学教育学群の准教授であった X という40 代の海自の 3 佐が、妻の経営するペンションに学生たちが校友会活動で宿泊したように見せかけて、防衛省の共済組合から支払われる補助金を詐取していた事件です。学生一人当たり 8000 円の補助金が払われると、X3 佐はそのうちの 6000 円を学生に渡し、2000 円を自分の懐に入れ、30 万円以上を着服していました X3 佐は結局、懲戒免職になりましたが、その処分が下るまでに不自然な異動が二度も行われ、防大当局が不祥事をうやむやにしようとしていた形跡があります。
また、200 名以上もの学生が詐取事件に関与していましたが、X3 佐にだまされていた可能性が高いということで処罰されませんでした。しかし、うすうす不正が行われていることを察知していながらも、報酬の誘惑や圧力に負けて黙っていた学生たちが多かったことは間違いありません。彼らの倫理観も疑われます。
これらの事件が長らく発覚しなかったのは、防衛学教育学群の准教授や、上級生という上位者の主導で行われていたためでした。下級者は報復が怖くて不正を告発できず、あるいは「長いものには巻かれる」慣習に慣れ過ぎてしまった結果、悪習が長きにわたって続いてしまったのです。その傾向は卒業後もなくなりません。
最近の事例では 2022 年に発覚した、海上自衛隊OBへの現職幹部自衛官による機密漏洩事件があります。これは 2020 年に海上自衛隊の情報業務群司令である 1 佐が、むかし上司であった Y 元海将の要望に応じて、機密情報を提供してしまった事件です。Y 元海将は自分が民間の団体で行う講演の資料として情報提供を求め、それに元部下であった 1 佐が応じてしまったのでした。Y 元海将は海上自衛隊幹部学校校長や自衛艦隊司令官を務めた大物 OB です。この現役の 1 佐は懲戒免職となりましたが、現役を退いていた Y 元海将は何らの処罰も受けていません。いかに高位にあったとはいえ現役ではないOBに現役幹部が機密情報を提供したことは深刻です。さらには、情報提供が横須賀の海上自衛隊庁舎内で行われていた点に、この種の行為が常態化していたことがうかがえます。この 1 佐は 50 代初めで、自衛官歴が 30 年近いれっきとした高級幹部です。そのような高級幹部が元上司からの要望というだけで、機密情報を提供してしまうとは、社会人としてまともな判断能力が働いていないとしか思えません。
以上はほんの数例にすぎず、この種のことは自衛隊内で日常的に生じています。上級者・先輩というだけで、何でも言うことに従うという幹部自衛官の思考停止は、誤ったリーダーシップ・フォロワーシップ教育の産物です。個人の倫理観が十分に確立されていない中で、上級者への服従と団体精神を過度に強調する教育を受けることは、このような非常識な幹部自衛官を作ることになるのです。
過度の校友会活動による学習時間の減少と視野狭窄
防大では体力を錬成し、団体精神を養うために、学生はみな校友会と呼ばれる運動部に所属させられます。学生たちは毎日夕方に授業が終了すると、18 時 30 分頃までさまざまなスポーツに打ち込みます。幹部自衛官となる者に肉体的鍛錬が必要であることは当然ですが、過度の校友会活動の弊害も発生しています。
これらの校友会活動を管轄するのは訓練部です。「文武両道」を唱えながら、訓練部は明らかに「文」を軽視しており、校友会活動を理由にすると学科授業の欠席が容易に認められます。文官教官としては、校友会活動の都合で授業を欠席しておきながら、あたりまえのごとく補講や代替レポートを要求する学生の姿勢に大きな疑問を感じます。
また、校友会活動が忙しいことを、学科の予習復習をしない口実に使う学生たちもいます。成績不良で留年になりそうになると、校友会の顧問の指導官(自衛官)に泣きつき、指導官が教科担当の文官教官に救済措置を求めてくるといった情けないこともしばしば起きます。防大が「大学に相当する研究教育機関」であるならば、もっとも重視されるべきは学習のはずですが、このことがわかっていない学生と指導官が少なくないのです。
また、週末や長期休暇が学内における校友会の練習や、対外試合でつぶれることも多くあります。平日は学生舎内で起居し、週末や長期休暇も学内での校友会の練習や対外試合に時間が費やされると、学生は防大以外の世界に触れる機会が極端に少なくなってしまいます。首都圏には博物館、美術館、劇場、コンサートホール、寄席など健全な娯楽施設がいくらでもあります。民間の種々の勉強会や芸術系サークルもあるでしょう。公共図書館に籠って読書にふけるのも有意義な週末の過ごし方です。
しかし、現実には校友会という柵で学生たちを囲い、外の世界との接触を妨げようとしているようにさえ見えます。一般社会に触れると防大生たちが軟弱になる、とでも思っているのでしょうか。学生たちは 20 歳前後の感受性の鋭い年頃の青年です。さまざまなものや人に触れて視野を広げるべき時に、学生舎と校友会という狭い世界しか経験せずに過ごすことは、社会的な常識に欠けた人間を作ります。体育会的な上下関係、精神論が重視される中に居すぎると、「自衛隊の常識は世間の非常識」のような幹部ができます。校友会活動で縛りすぎることは、学生たちの均衡のとれた精神形成を妨げることになってしまうのではないでしょうか。
法治よりも人治?
悪しき先例踏襲官僚組織はその性質上先例を尊重します。組織の安定のためには有効なのかもしれませんが、批判的な自己改善を怠ると、たちまち硬直し、本末転倒な結果を招きます。これは学生舎における慣行に顕著です。
一例をあげると乾布摩擦があります。防大では朝礼後に学生が上半身裸身で乾布摩擦を行いますが、これは医学上の効果が疑わしいことが近年の研究で明らかになりました。似たような事例では、かつては運動部や体育会の定番の練習であったうさぎ跳びが有害であることが判明し、現在では行われていません。
そのため、学生から訓練部あてに乾布摩擦の廃止を求める申し立てがありました。しかし、訓練部からは何らの根拠も示すことなく「これまでの習慣で行われてきたので」という理由で申し立ては却下されました。冬季に上半身裸で行う乾布摩擦は、むしろ風邪をひかせる可能性があり、また早朝から激しい運動をさせることは授業時における眠気を誘発します。これはほんの一例にすぎず、この種の悪しき慣習が学生舎生活では多く見られます。
ごく最近になって開明的な考えの N 訓練部長(海将補)が着任して、ようやく長年続けられていた乾布摩擦は廃止されました。しかし、ここで問題にすべきは、乾布摩擦の是非よりも、訓練部が学生からの申し立てを、たんなる先例踏襲で一蹴してきたことです。これは合理的な根拠に基づく、改善への自発的な意志を否定することで、学生たちの士気を削ぐ行為です。N 訓練部長のような人物が改革に着手してくれたことはありがたいのですが、乾布摩擦の廃止はあくまでも訓練部長という高級幹部のイニシアチブによるものです。N 訓練部長が定期異動で去り、頑迷固陋でパワハラ的な人物が後釜に座れば、事態が逆戻りする可能性も否めません。このようなことは訓練部に限らず、教務の分野でも起こっています。学生や一般教官のイニシアチブが尊重されず、学内有力者の意向がことを大きく左右する点で、防大には「法治」ではなく「人治」という前近代的な体質が色濃く残っているのです。
文官教官の対外発信への過度の制約
防大は「大学相当の研究教育機関」であるにもかかわらず、文官教官の対外発表への規制があります。繰り返しますが、「防大は大学相当の研究教育機関」であると大学改革支援・学位授与機構から認定されています。この認定があるからこそ、防大は本科の卒業生に学士号を、研究科(大学院相当)の修了生に修士号や博士号を授与できるのです。言うまでもないことですが、「大学」と認められるための重要な条件の一つは「研究と発表の自由」が保障されていることです。
防大の文官教官は一般大学と同じく公募で採用されます。学位授与機構による教官資格審査があるため、採用基準は文部科学省管轄の一般大学よりも厳しく設定されています。また、国家の安全保障に関わる研究教育機関なので、応募者の学術業績はもちろんのこと、教育者としての適性も長時間の面接で厳しく考査されます。そのような過程を経て採用され勤務している教官の研究活動に対して、防大当局は信頼を置くべきです。
しかし、実際には防大当局による「教官不信」としか思えない規制が存在します。具体的には、教官が対外発表を行う際の手続きです。専門家としての知見を有する防大教官には一般紙誌やテレビのようなメディアからの問い合わせや執筆の依頼がしばしばあります。防大教官には、発表先の媒体、記事内容、発表時期について防大への届け出が求められます。本末転倒の教官管理もちろん、防衛省の職員である防大教官が届け出を求められることは理解できます。
しかし、この届け出の手続きの過程で、実際には検閲に近い措置がとられることが多々発生しているのです。北朝鮮や中国やロシアの軍事的動向、日米関係、核兵器管理、国際平和維持活動、国際法、地域研究、テロリズム等の専門家である文官教官が執筆した原稿に対して、防大総務部の社会連携推進室という部署の事務官が自分の意見を加え、赤字を入れるといったことが起きるのです。専門知識のない素人による、検閲まがいのことが行われる状態では、とても防大を「研究と発表の自由」が保障された「大学に相当する研究教育機関」とは呼べません。
これに関連して思い出すのは、数年前に筆者が国際関係学科長を務めていた時に起きたある事件です。国際関係学科に属する国際法学者 Z 准教授が、ある学術雑誌に論文を寄稿し、それを野党の国会議員が読んでいました。論文の内容は研究者としての Z 准教授の見解であり、政府の法解釈と同一ではありませんでした。学術的見地からはいくらでも起こりうることです。しかし、この点を野党の議員に国会の場で指摘され、質問された防衛省高官が対応に苦心しました。これを防衛省の内局が問題視し、防大の総務部に「もっと文官教官の管理をしっかりやれ」と命じてきました。そのため、文官教官の対外発表に関する規定を厳しくしようとする動きが起こり、総務課の幹部事務官たちと学科長である筆者の会議が何度も開かれました。
学問研究の自由は日本国憲法第 23 条で保障されています。筆者は「本校は学位授与機構に認定された大学に相当する研究教育機関であるから、研究と発表の自由が保障されている。Z 准教授は研究者としての見解を述べたのであって、何ら問題はない」と主張しました。くだんの野党議員が国際法の専門論文が掲載された学術雑誌にまで目を通していたのはあっぱれであり、むしろ反省すべきは不勉強であった防衛省高官や内局の防衛官僚たちではないか、と言いたいところです。
しかしながら、総務部の事務官たちは、市ヶ谷の本省高官が国会で野党議員に面子を潰されたとしか考えず、「防大も防衛省の一部であるから、研究と対外発表には文官教官でも本省の統制に従ってもらう」の一点張りで議論は平行線をたどりました。この問題はいまだに根本的な解決に達しておらず、現在でも文官教官側の「研究・発表の自由」と事務官側の「検閲」の潜在的対立が続いています。
弱体化する幹部教育
このように学部生レベルの防大教育のみでも難問山積ですが、防大の上には陸海空の幹部候補生学校と幹部学校という幹部教育の機関があります。文官教官の比率が低く、教官の大部分を自衛官が占めるこれらの学校における教育内容は、防大以上に多くの問題を抱えています。
筆者はこれらの学校でたびたび講義を行ってきましたが、幹部学校では在校中の 30~40代の佐官クラス幹部の多くが安直なレポートを書いてお茶を濁し、ゼミ形式の授業では想像力に欠けた浅薄な議論しかできません。このような思考停止の中堅幹部が年々増えていくことに愕然としました。
防大卒業後、このような教育階梯を上がるたびに、まともな知性が削ぎ落され、形式要件だけを満たす要領のよさと、建設的批判でさえ排除するパワハラ的習慣を身に付けた幹部自衛官が増えていきます。そのような幹部学校における教育でさえ、現場の人手不足という理由でどんどん短縮されています。一例をあげれば、陸上自衛隊の指揮幕僚課程(CGS)は従来の 2 年の年限が1年半に減らされ、さらに近く1年に短縮されます【註 11】。幹部自衛官の粗製乱造になりかねない、由々しき事態が進行しています。
おわりに
冒頭で申し上げたように、筆者は自衛隊の研究教育に関わるようになって 24 年、防大に奉職して間もなく 14 年になります。防大の他、防衛研究所、海上自衛隊幹部学校、航空自衛隊幹部学校、統合幕僚学校で長年にわたり講義やゼミを担当してきました。日々、黙々と任務に励む自衛官と事務官、教育への見識と熱意を持つ文官と自衛官の教官、学生たちと親身に接する若手指導官、そして真摯に学ぶ防大生たちを多く知っています。いまこの時も、学生たちの学習環境を改善するために奮闘している現場の人々がいます。彼らの名誉は守られねばなりません。
しかしながら、このような人々の努力を台無しにしかねない組織の構造的な欠陥があり、言行に大きな疑問符が付く人々が、防大および防衛省・自衛隊の要所要所に巣食っています。そこにメスを入れない限り、現場の努力には限界があります。
近年の防大教育をめぐる問題は、つまるところ日本社会における自衛隊の位置付け、さらには国家にとっての安全保障といった高次の問題から発生しています。長年にわたり、防衛・安全保障問題を幹部自衛官の資質と適性から考えてこなかったツケが顕在化してきたのです。日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中、予算や装備や人員の頭数のことのみでなく、自衛隊という組織を動かす幹部自衛官の質の向上を真剣に考えるべき時です。防大でも遅ればせながら、ようやく危機意識が芽生え、久保文明・新学校長のもとで、教育環境の改善をめざすさまざまな取り組みが始まりました。この流れが健全な方向に向かっていくことを願ってやみません。しかし、不都合な過去を隠蔽するのではなく、防大をはじめとする自衛隊幹部教育の積年の弊害をあぶり出さない限り、有効な改善策を立てられないことは確かです。
註 1 2020 年 7 月 9 日の夕方、筆者は K 防大総務部長(当時)と事務官によって、防大の本館で突然連行され、あらかじめ準備されていた会議室において、威圧的な訊問を 50 分にわたって受けた。「公益通報によって取り調べる」というだけで、何らの手続きもふまない取り調べであり、さらに最後には「他言無用」と脅迫された。その後、様々な機会に筆者は拐取脅迫の違法性を訴えてきたが、防大も防衛監察本部も防衛省も無視黙殺を続けてきた。2022 年夏に女性自衛官へのきわめて悪質なセクハラ事件が発覚して、ようやく防衛監察本部は自衛隊内の不祥事の特別防衛監察を開始した。筆者は昨年 10 月に改めて防衛監察本部に申立書を提出し、その調査報告を待っているところである。
註 2 2020 年 4 月から 5 月にかけて防大の学生舎内に約 2000 名の学生たちが軟禁されている状況下で、本文にあるような多くの不祥事が発生した。学生たちが学外の家族や友人と交信する過程でその状況が学外にも知れ渡った。心配した家族らからの問い合わせに対し、防大当局は学生たちに家族への手紙を書かせ、國分学校長(当時)からの家族への挨拶の手紙を同封するという口実で、学生たちの私信を、封を閉じることを禁じて回収した。これは日本国憲法第 21 条 2 項(検閲の禁止・信書の不可侵)に違反しており、民主主義国家では絶対に行ってはならない重大な基本的人権の侵害である。
註 3 2016 年に 15,094 名であった受験者数は 2021 年に 10,214 名、昨 2022 年は 8,547 名。過去 10 年を通して 40%減少している。「少子高齢化のため」という理由だけでは説明がつかない激減ぶりである。
註 4 2022 年 3 月に卒業した学生 479 人のうち、任官を辞退した(=自衛隊を退職した)学生は 72 人に上った(約 7 人に 1 人)。同年 4 月に入学した 488 人のうち 1 年以内に約20%(5 人に 1 人)が中途退校している。1年生で 20%もの退校者が出たのは約 30 年ぶりである。また、2・3年生の間に自主的に退校する学生も相当な数に上る。これ以外に、卒業後に進む陸海空の幹部候補生学校(陸海空によって異なるが教育期間は 8 カ月から1年半)に在校中に退校する者まで含めると、防大卒業者の早期退職率はさらに高くなる。
註 5 防大の学校長は、防衛大臣によって社会科学系の研究教育者か高級官僚経験者が任命される。この下に 3 名の副校長がおり、正式には副校長(事務官)、副校長(教官)、副校長(自衛官)と呼ばれる。副校長(自衛官)は陸将、訓練部の長は海将補、防衛学教育学群の長は空将補である。なお、2021 年 3 月までは副校長(自衛官)は「幹事」という名称であった。
註 6 防大の防衛学教育学群には他省庁からも問題のある人々が送り込まれてくる。ディープステートの存在を主張する馬渕睦夫氏のような元外交官が教授として在職したこともあった。『防衛白書』を授業で丸暗記させたうえ、試験で大量の学生を不合格にするキャリア官僚出身の教官も防衛学教育学群の教授であった。
註 7 修士号や博士号を取得した自衛官教官の中には、一般大学の教員に劣らない学術業績を持つ優秀な研究者もいる。しかし、文部科学省管轄下の教育機関ではない、という理由で彼らには文科省の科学研究助成事業(通称科研)への申請資格がない。これは喫緊に是正すべき課題である。
註 8 自衛隊の諸学校が「ネトウヨ」を招き入れているという問題については、世界 30 カ国以上で展開されているデジタル・ジャーナリズム媒体 VICE が連載記事の形ですでに報じている。(https://www.vice.com/ja/article/xwk8ea/crisis-of-self-defence-forces-01)。同記事で触れられている、著名な外国人ジャーナリストによる「大東亜戦争肯定論」講演の現場は、筆者自身も目撃した。このジャーナリストを招いたのは、海自 3 佐の防衛学教育学群の准教授であった。同記事では他に、明治天皇の玄孫を売り物にする評論家の竹田恒泰氏、「軍事漫談家」を称する井上和彦氏ら多数の「ネトウヨ」が自衛隊の諸学校に入り込んでいるとし、竹田氏の弟子筋にあたるという女性タレント(吉木誉絵氏)が海上自衛隊幹部学校の客員研究員の立場を得たことを問題視している。なお、この記事には書かれていないが、2021 年 3 月の防大の卒業式に國分良成・学校長(当時)が「国際政治学者」を名乗る三浦瑠麗氏を招き、来賓代表として学生たちに祝辞を述べさせたのは、筆者と多くの教官にとり衝撃的な出来事であった。
註 9 杓子定規なローテーション人事がもたらすもう一つの弊害は、科目の一体性の破壊である。自衛官教官の補職計画と、防大の教務カレンダーが整合されていないため、防衛学教育学群の科目では、1年または半年間の開講期間の途中で担当教官が変わる事態がしばしば生じる。ごく一部のオムニバス教科を除き、「一つの科目は日々の授業から最終成績評価まで、同一方針で同一教員が一貫して行う」のが高等教育の原則である。しかし、自衛官の定期異動は8月や 10 月に行われることがあり、定年に達する年齢の誕生月に退官する。担当教官の交替により、シラバスや成績評価の方針を途中で変えられることは、学生にとって迷惑この上ないだろう。防大は学生募集の種々の広報やオープン・キャンパスにおいて、「日本で防衛学を学べる唯一の学校」であることを盛んに強調してきた。筆者も入試の面接官をした際に、防大を志望する動機として「防衛学を学べる事」をあげる受験生を、数多く見て来た。防衛学は防大のアイデンティティーの核心である。にもかかわらず、教育内容の質の維持とカリキュラムの一貫性において、とても防大が防衛学を真剣にとらえているとは言い難い。これは受験生と在校生に対する欺瞞であろう。
註 10 連帯感とリーダーシップ・フォロワーシップの涵養に上級生から下級生までを 8 人で常時共同生活をさせる必然性はない。たとえば、米国の陸軍士官学校(ウェストポイント)では 4 名で一部屋、海軍(アナポリス)と空軍の士官学校は 2 名で一部屋である。韓国の士官学校は 2 名一部屋で、居室内はパーティションで 1 名ずつのスペースに区切られている。また、中国の士官学校は学年別の教育を行い、上級生に下級生の指導はさせていない。集団生活の上下関係による躾と、軍事組織における指揮系統と団結心の確立の間に、科学的に立証された因果関係はない。
註 11 指揮幕僚課程(Commander and General Staff Course, 略称 CGS)とは、陸上自衛隊の高級幹部を養成するコースで、30 代の中堅幹部(3 佐~2 尉)の約 20%が受講する。この課程修了者には一佐・将補・将という高級幹部への道が開かれる。自衛隊という巨大組織の組織継承者たちを作る、重要な教育課程である。
以上、引用終わり
引用者 安渓遊地