書評を書きました)『シークヮーサーの知恵──奥・やんばるの「コトバ-暮らし-生きもの環」』(沖縄タイムス2016年5月21日)
2016/05/22
5/23修正 誤変換を直し、補足を加えました。
環境人間学と地域
シークヮーサーの知恵 奥・やんばるの「コトバ-暮らし-生きもの環」の書評を頼まれました。目次だけで3800字もある、以下のような多彩な内容を800字で書評するという難題でした。割り付けの結果すこしけずられていますが原稿と結果を載せておきます。
「シマの底力」をまざまざと感じさせる大著が緑なすやんばるの奥座敷からまたひとつ生まれた。
自然と文化の多様性が、世界の各地で急速に失われていくことに強い危機感をもった学者たちが、二年間にわたって国頭村奥集落に通って研究をまとめた。沖縄県とひとくくりにされても、その暮らしぶりや言語は、本来はシマ(集落)ごとに大きく違うものだった。そうした多様性をいまもくっきりと示す場所として、奥に白羽の矢が立った。
表題となっているシークヮーサー。DNAを調べ上げてみたら、その遺伝的多様性はシマごとに大きく違った。奥では野生種に二八のタイプがある中から九タイプを栽培し、栽培先進地の大宜味村では、野生種一三タイプの中から品質のよい一タイプだけを栽培している。
最も市場価値の高いものだけを残すのは一見正しい。しかし一九世紀半ばに百万人が餓死し、二百万人が島外に逃れたアイルランドの悲劇は、本来の遺伝的多様性を失ったジャガイモに疫病が蔓延したのがきっかけだった。その結果、社会は崩壊し、土着のゲール語も衰退した。
地域のことばの多様性が失われるとき、生物名や地名など、自然についての豊かな伝統の智恵もまた失われる。危機言語の継承という難題へのヒントを、ウクムニー(奥の言葉)スピードラーニング教材としてまとめた取り組みは高く評価できる。スマホをかざすだけで生の声が聴けるなどの仕掛けも満載だ。
その他サンゴ礁や里山の歴史や生物名の報告、巻頭の地名入り空中写真と昔の写真なども貴重である。
本書は、地球環境問題を人間の文化の側面から解決しようとする総合地球環境学研究所(地球研)のプロジェクトの成果報告として、みごとな文理融合の姿をシマジマの未来に向けて提示する秀作である。それと同時にシマを誇りに思い、みずから調べ、学者たちを受け入れ励ましあいながら、本気で共同研究にいそしんできた奥の人たちの輝かしい成果でもある。
地域研究を「調査する・される」関係から解き放つ実践例として座右におきたい。
(補足。
冒頭の「シマの底力」は、シマヌスクヂカラという沖縄語の訳で、私にとっては、ウマンチュヌスクヂカラ(御万人の底力)、例えば、1956年の島ぐるみ闘争や阿波根昌鴻さんの非暴力のたたかいぶりなども想起させる言葉です。
白羽の矢が立つは、もともと人身御供を出す家を示す印で必ずしも良い意味ではありません。調査対象になることは、大きな迷惑でありうるのです。
アイルランドの100万人の餓死者は、ウィキペディアには80万から100万と載っていますが、その後の疫病に倒れた人も含み、以下に基づいています。http://www.bbc.co.uk/history/british/victorians/famine_01.shtml 唐突なようですが、多様性を失うことの意味と、自然・文化・言語の密接な関係を納得させてくれる事例としては強力なものです。
する・される関係からの解放をという最後の段落は、以下の文章を踏まえています。
フィールドワークでも、調査する側・される側を対立させ、固定的に考えることはそろそろやめた方がいい。ぴったりはまりすぎて互いに息が詰まるような仲ではなく、文化人類学者の岩田慶治さんが追い求めてきたように、「ともに自由になる」という地平があるはずだ。「……自他を忘れ、敵味方を忘れ、その利害を忘れ、そのおもしろさだけにひきつけられて、時間のたつのも、空間のへだたりも忘れてしまって、人間だけでなく森羅万象とたわむれる。地球と遊ぶ」(岩田、自分からの自由―からだ・
こころ・たましい (講談社現代新書) 1988: 70)。そんなはるかな道にあこがれて……
キャンパスを飛び出そう―フィールドワークの海に漕ぎだすあなたへ-山口県立大学国際文化学部フィールドワーク実践論チーム
http://www.amazon.co.jp/dp/4864260133/ からの引用です。)
http://www.kyoto-up.or.jp/book.php?id=2111
目次
巻頭付録
奥の地名図
カラー口絵
新奥案内書
奥の原風景
「環境人間学と地域」の刊行によせて
序章 奥・やんばるの「コトバ―暮らし―生きもの環」[大西正幸/ネイサン・バデノック]
1 奥・やんばるの魅力を伝えるために
(1)シークヮーサーの知恵 (2)やんばるの中の「奥」
(3)「奥」の伝統とコトバの重要性 (4)本書の構成と内容について
2 生物文化多様性と「コトバ―暮らし―生きもの環」
(1)「生物文化多様性」プロジェクト (2)「生物多様性」と「文化多様性」
(3)世界各地の「コトバ―暮らし―生きもの環」
ウクムニー(奥コトバ)の発音の特徴と表記について[當山奈那]
第1部 生きもの
第1章 奥で保存活用される多様なシークヮーサーの知恵[石川隆二]
1―1 奥のシークヮーサーは千変万化
1―2 みかんのふるさと
(1)カンキツと呼ばれるさまざまな果実 (2)栽培種の成立
(3)日本のカンキツ:温州ミカンとシークヮーサー
1―3 シークヮーサーの多様性
(1)シークヮーサーのさまざまな呼称 (2)生物文化多様性とシークヮーサー (3)おじいが開いたみかん園 (4)パイナップルからシークヮーサーへ (5)シークヮーサー栽培における多様性の意味
1―4 シークヮーサーのDNA調査
(1)DNAによるシークヮーサーの遺伝的多様性の検証
(2)自生するカンキツ:シークヮーサー起源地の検証
(3)やんばる各地でのフィールド調査 (4)遺伝子バンクとしての奥
1―5 シークヮーサーの未来
(1)奥の母親:子は母親を超えられるのか
(2)DNAでシークヮーサーを育種する:氏より育ちか?
(3)方言名とDNA多型
第2章 山裾を縁どり暮らしに彩りを添えてきたサンゴ礁[高橋そよ・渡久地健]
2―1 「山国」の海辺へ
2―2 奥のサンゴ礁の特徴
2―3 言分けられたサンゴ礁地形
(1)パマ/イノー (2)’ピシ/ウンドゥムイ
(3)’ピシヌパナ/’ピシヌプハ/その他
2―4 地形―生物―漁撈の関係性
(1)ムルル/イノー (2)’ピシ/フムイ/ヤト/ウンドゥムイ/’ピシヌパナ (3)’ピシヌプハ
2―5 サンゴ礁からの「お裾分け」―自給的資源利用と民俗知識
(1)潮干狩り (2)保存食 (3)サンゴやサンゴ砂利の利用
2―6 暮らしに彩りを添えたサンゴ礁の恵み
◎コラム1 奥における植物利用(1)ソテツとリュウキュウバショウ[当山昌直・盛口満・島田隆久・宮城邦昌]
第3章 魚毒植物の利用を軸に見た琉球列島の里山の自然[盛口 満]
3―1 身近な自然とは何か
3―2 琉球列島の里山の消失
3―3 魚毒漁に里山を見る
(1)魚毒漁とはどのようなものか (2)共同行事としての魚毒漁
(3)個人の営みとしての魚毒漁 (4)多様な魚毒漁
(5)魚毒漁の消失と里山の改変
3―4 琉球列島の里山に見る生物文化多様性
第4章 沖縄島奥の動植物方言およびその生物知識を探る[当山昌直]
4―1 暮らしの中の生きもの
4―2 生きものを認識する
(1)命名:生きものに名前をつける (2)民俗分類:生きものを見分ける
4―3 生きものを利用する
(1)衣 (2)食 (3)薪 (4)住 (5)生産 (6)社会生活
(7)民間療法 (8)遊び・娯楽・趣味 (9)忌避・魔除け・俚諺など (10)行事
4―4 奥の生物知識を探る
(1)認識としての知識 (2)利用としての知識
4―5 奥の動植物方名の特徴
4―6 調査を終えて
◎コラム2 奥における植物利用(2)リュウキュウマツとイタジイ[当山昌直・盛口満・島田隆久・宮城邦昌]
第2部 暮らし
第5章 奥の共同性・自治・ひと―奥研究の未来に向けて[中村誠司]
5―1 島田隆久との出会い
5―2 『奥字ノ事績』をめぐって
(1)共計在和 (2)コトバによる記録の伝統
5―3 奥共同店と自治機構
(1)奥共同店:暮らしの多様性の原動力 (2)奥の自治(政治経済)機構
5―4 民具資料が伝える奧の暮らしの多様な姿
5―5 奥研究
(1)奧研究のあゆみ (2)『字誌 奥のあゆみ』:奧の字文書資料
(3)外からのまなざし:『琉球共産村落之研究』と「琉球村落の研究」
5―6 奥研究の未来―歴史文化を中心に
(1)これまでのシマ社会研究の積み重ね (2)先輩から後輩へ、未来の世代へ (3)膨大な字文書資料を資料化する (4)奥研究会、資料の収集・保存・利用 (5)『新字誌・奥のあゆみ』に向けて
◎コラム3 奥・やんばるで身近な野草を食べる[中村愛子]
第6章 近代沖縄に継承された近世琉球の造林技術 ―国頭村字奥で見つかった『造林台帳』の分析[齋藤和彦]
6―1 「蔡温の林政」に惹かれて
6―2 沖縄の森林管理における歴史の重要性
6―3 近世から近代に至る沖縄の林業史
(1)沖縄の主要造林樹種 (2)近世琉球の森林管理
(3)近代沖縄の森林管理
6―4 『造林台帳』の分析
(1)『造林台帳』の概要 (2)何を、どのように造林したのか
(3)何を、どこに造林したのか (4)何を、どこに、いつ頃造林したのか
6―5 「コトバ―暮らし―生きもの環」 ―森林利用に関わる沖縄の伝統知の解明に向けて
(1)近代沖縄の集落レベルの造林実態 (2)「蔡温の林政」の実態解明
(3)方言地名のGISデータ化
◎コラム4 奥における植物利用(3)ホウライチクとリュウキュウチク[当山昌直・盛口満・島田隆久・宮城邦昌]
第7章 地名に見る奥の暮らしの多様性[宮城邦昌]
7―1 地名図作成の経緯
(1)開墾での出会いと体験 (2)奥の地名調査と地名図作成
7―2 奥の地名分類
(1)地名分類の概要 (2)自然に関わる地名 (3)暮らしに関わる地名
7―3 地名から見る奥共同体の暮らしの歴史
(1)イノシシ垣 (2)ウプドーにあった奥中学校
(3)消えた県道(宇座浜―奥を結ぶ海岸沿いの県道) (4)奥郵便局と電話
(5)外からの来訪者
7―4 地名語彙の多様性―その地域差と歴史的変遷
(1)地域による違い (2)歴史的変遷
7―5 地名調査を終えて
◎コラム5 アブントーの大蛇の話[宮城邦昌]
第3部 コトバ
第8章 琉球方言の言語地理学と動的系統樹 ―琉球方言研究の現代的意義と可能性[かりまたしげひさ]
8―1 フィールドワーク
8―2 琉球方言の多様性
8―3 琉球方言の言語地理学的研究
(1)やんばる方言の言語地図とやんばる方言の多様性
(2)語形の多様性から変化を探る (3)分布にみる地域の歴史
8―4 琉球方言の系統樹研究
(1)動的言語系統樹 (2)動的言語系統樹のピラミッド
8―5 危機に対する意識
第9章 コトバと暮らしのミームを探る ―変化する“環”を捕まえる[津村宏臣]
9―1 「風が吹けば桶屋が儲かる」式世界への挑戦
(1)合理性の波が洗い流すモノ
(2)「風が吹けば桶屋が儲かる」式世界の不可逆性
(3)風を止めることが、変化を食い止めるのか?
9―2 因果性のジレンマとの対峙
(1)因果性のジレンマと“環”の関係 (2)“環”に見えている“環”のようなモノ (3)進化論と因果性のジレンマ (4)意伝子と系統解析と空間相関
9―3 やんばるのコトバ
(1)データ化した暮らしのある場所とコトバ
(2)各種の系統分析結果の可視化 (3)系統樹と空間分布の傾向から
9―4 眼前にある“環”の前と後
◎コラム6 おじぃはなぜ、最期の言葉をウクムニーで語ったのか?[新田義貴]
第10章 ウクムニー(奥方言)の活力と危機度について[石原昌英]
10―1 私とウクムニー
10―2 ウクムニーの活力
(1)言語の世代間継承 (2)話者人口と総人口に占める話者人口の割合
(3)言語の使用領域 (4)新しい領域およびメディアでの言語使用
(5)言語教材
10―3 ウクムニーに関する言語意識
(1)行政機関等の言語意識と政策 (2)地域住民の言語意識
10―4 ウクムニーの記録保存
10―5 ウクムニーを残していくために
◎コラム7 『いそーはるまかびばなし(面白い嘘話)』[宮城邦昌・當山奈那]
第11章 消滅危機方言における辞典の役割[かりまたしげひさ]
11―1 二つの方言辞典草稿との出会い
11―2 消えゆく故郷のコトバ
11―3 シマクトゥバと地域文化
11―4 シマの百科事典
(1)栽培植物の記述 (2)シマの生産活動と生活
(3)形容詞はおもしろい (4)例文の充実
第12章 「ウクムニー」習得のための音声教材試作版の作成[當山奈那]
12―1 出会い
12―2 ウクムニーペーハナレー(奥方言早習い)の企画と開発
12―3 沖縄県の「方言ラーニング」商品について
12―4 琉球大学琉球語学研究室の取り組み
(1)地域方言を習得するための教材:方言多様性教育のために
(2)音声教材の構成 (3)副次的な存在としての文字テキストの可能性
12―5 他の方言の「ペーハナレー」
12―6 奥の先輩方のコトバを話そう
調査、音声編集の概要について
終章 「コトバ―暮らし―生きもの環」の未来 ―奥・やんばるモデルを共有する[大西正幸/石川隆二/ネイサン・バデノック]
1 次世代継承をめぐって―与論高校生との対話
(1)与論島と奥・やんばる (2)与論高校生との対話
2 アジア大陸域・太平洋島嶼域の「コトバ―暮らし―生きもの環」
(1)ラオス山岳地帯 (2)ブーゲンビルの内戦と復興
3 ブーゲンビルと奥―二つの対話
(1)【対談1】ブーゲンビル戦:戦争体験の共有と和解
(2)【対談2】ブーゲンビル国家形成に向けて:奥共同体の自治に学ぶ
4 「コトバ―暮らし―生きもの環」の未来
(1)各地域のアジェンダと課題 (2)コトバ多様性の維持・継承に向けて
あとがき
謝辞
索引
執筆者紹介