書評)稲垣尚友さんの『灘渡る古層の響き』 #tokara #tairarjima #chugokunp RT @tiniasobu
2011/09/05
2011年8月7日 中国新聞掲載です。 佐田尾編集委員にお世話になりました。
灘渡る古層の響き 稲垣尚友著・大島洋写真
小さな島の言葉を記録
これは天下の奇書である。九州と奄美の間に点在するトカラ列島の中でもひときわ
小さな平島で、木の枝にかけられた拡声器から毎日のように流されるメッセージを丹
念に記録して、その背景を説明したものである。
不確かな50年前のことを聞き出そうとする民俗学よりも、50年後の時代に贈る
確かな記録を作りたい。これが著者の思いだという。「人の見残したものを見るよう
にせよ」という師宮本常一先生の教えを受けとめた著者が、妻とともに、普通であれ
ば海を吹き渡る風とともにかき消えて、何の跡形も残さぬはずだった言葉を書きとめ
た。
「人のヤギの耳を切らないでください」「種牛の草がむずかしくなっています」。
メッセージは日本人の知らない日本語といった風情のものから「みどり先生、電話で
す。寝ておっても早く起きて…」といった個人あてのものまで多彩だ。著者はそれぞ
れの「放送」を理解する背景、ヤギの耳に切れ込みを入れて所有権を示す習慣や島で
牧草が貴重であることなどを丁寧に解説していく。
島の暮らしに魅せられた著者が平島に住んだのは1974年から4年間。初めの3
カ月の記録が、島の人々の表情をとらえた写真家大島洋氏の写真、70分を越すCD
とともに350㌻の大著となって出現したのだ。
著者が他の島で録音した歌を知り合いに聞かせたところ、マイクのスイッチがはいっ
てたちまち放送され、その歌い手の声を懐かしんだ村人たちが続々と焼酎をもって集
まってきたという。人ごととして記録していることが、突然自分の事ともなる瞬間を
示す美しいエピソード。大学の研究者とは違い竹細工職人の道を歩んだ著者が、島の
物語のひとつとなっていたことを示すものだろう。
読みながら、私が旅したアフリカの森の村にも大声で触れまわる「お知らせ」があ
ること、遊牧民の世界でも略奪者がウシの出所を隠すため耳を切り取ってしまうこと
などなど、たくさんの事例を思い起こさせてもらった。小さな島の丁寧な記録を通し
て世界につながる想像力を喚起させる、著者のライフワークともいえる本である。
(安渓遊地・山口県立大教授)
(みずのわ出版・5040円)