講演記録)D・ラミス「日本の平和を考えるための3K:憲法・基地・ケナン」
2006/07/01
山口県立大学 国際文化学部 客員教授 特別講義 という漢字の多い公開講
演会がありました。
参加者は、約200人。地域の方も多くきてくださいました。
マスコミの取材は、新聞社が、山口・中国・朝日の3紙、テレビ局が、TYS
とYABでした。
とき・2006年6月30日 12時50分から14時20分
場所・山口県立大学F204教室
「日本の平和を考えるための3K:憲法・基地・ケナン」
講師:政治学者 C・ダグラス・ラミスさん(沖縄在住)
司会・井竿富雄(国際文化学部教員・政治学)
あいさつと講師紹介・松田理(国際文化学部長・英文学)
勝手に要約筆記 安渓遊地(国際文化学部教員・人類学)
開会前のオカリナ演奏「花~すべての人の心に花を~」
閉会前の ”人間ムックリ・ぽっぽっぽ”による演奏「ハイサイおじさん」
◎憲法が変わるとあなたの暮らしは大きくかわる
ご紹介、ありがとうございます。ラミスといいます。
これから日本国憲法が変わってもあまり自分の生活は変わらないのではないの
か、と思う若者もいるかもしれません。また、そんな政治的なことには関わりた
くない、と思われるかもしれない。でも、こんど憲法が変わったら、そんな政治
に関わらない、という自由は保証されなくなるかもしれません。
今の憲法ができる前後、1946年、1947年を境に、どれだけ日本人の生
活が変わったかを知ることができるなら、こんどそれが変わればどのように生活
が変わるか、想像できるはずです。
◎日本国憲法の主語は「われら・日本国民」
日本国憲法は、たしかにもともと英語で書かれた部分もありました。少なくと
も前文はそうです。その前文の主語は、英語で言えば”We”つまり、「われら」で
す。これに対して明治憲法では「朕(ちん)」つまり、天皇です。天皇が臣民に
命令を出すという形になっていました。
天皇は明治憲法に従う義務がない、という学説が明治時代にありました。なぜ
なら、憲法そのものが、天皇の命令だからです。自分が自分の命令にしばられる
ということはないんですから。
日本国憲法ができて、国と人々の間の関係が大きくかわりました。
日本国憲法では、それまで君主のいうことに従う人々である「臣民(しんみん)
」が「市民・国民」にかわったんです。そして市民・国民は主権者として、政府
にこれをやってもいい、これはやってはいけない、ということを命じていく、と
いう、大きな違いがあります。
◎良い憲法とはすべて政府に押しつけるもの
この憲法は、半世紀以上続いていますから、日本人のアイデンティティに染み
込んでいると思います。ですから、憲法がかわれば、僕は関係ないよ、という立
場は成り立たない。
今、憲法を変えようとする人たちは、そこに、教育基本法も変えて、愛国心を
もりこもうとしています。
今の憲法は、おしつけられた憲法だ、だから変えようという意見があります。
これは、あまり否定しない方がいいですね。実は「いい憲法」とはすべて押し付
けるものなんです。押しつけることで、政府の権限を抑えるものなんです。つま
り、政府のやっていけないことをあきらかにしたものですから、政府がそれを喜
んで受け入れるわけはありません。
1215年、圧政をおこなっていたイギリスのジョン王に対して、貴族・僧侶
とこれを支持する市民たちが王に迫って認めさせた大憲章(マグナカルタ)以来、
憲法というのは、押し付けるものです。それに従わなければ、王であっても殺さ
れるかもしれない、という圧力の中で憲章を呑んだんです。
だから、誰が誰に何を押し付けたのか、それが問題です。
連合軍の代表ホイットニーが、新しい憲法草案を日本にもってきたとき、「こ
れを拒否するなら、公開するぞ」と脅しました。もし公開されて、国民に圧倒的
な支持があればもう後戻りは不可能になります。
実は、日本国憲法は、日本国民とアメリカ政府が、日本政府に押し付けたもの
だったんです。
当時の日本政府案は、大日本帝国憲法に非常に近いものでした。そこには、人
権条項も、男女平等も、第9条も入っていませんでした。
だから、制定されたあと、そんなものは気に入らないということで、数ヶ月で
廃止されたとしてもおかしくなかったんですけれど、1946年3月6日に公開
されました。実際に公開してみると、当時の世論調査をした時、「毎日新聞」の
アンケートでは80%の圧倒的な支持だったんです。
わずか3か月後の5月にはデモを弾圧するという動きにアメリカ政府は出して
きます。ソ連の軍事力に対抗するには、日本に軍事力を持たせたほうがいい、と
いうことになります。1947年のゼネスト禁止とか、「逆コース」といわれる
動きがでてきました。ですから、憲法の制定にぐずぐずしてあと1年も遅れてい
れば、今の憲法はなかったはずだ、と確実に言えます。
◎国民が政府に押しつけ続けなければ憲法はだめになる
憲法は、作るときに国民が押し付けるだけでなく、その後も押し付けつづけな
ければなりません。
さきほども話しましたが、日本国憲法は、押し付けるものですが、その内容と
勢いは激しいんです。政府の権力を減らす条項が多いんです。1条から40条ま
では、政府の権限を減らすものです。1条から8条は、天皇の権限を減らすもの
です。あれはまるごとなくした方がよかった、という意見もありますが、とにか
く権限を減らしました。その後は、人権条項が多いんです。集会を開いたからと
いって、捕まえてはいけない。政府を批判する意見をいったからといって捕まえ
られない。
◎義務が書いてないという批判
政府の権利は第41条からやっとはじまります。
この憲法は、権利ばかり書いてあり、義務を書いていない、という批判があり
ます。しかし、99条には、政府の大臣や役人や国民は、この憲法を守る義務が
ある、と書いてある。その義務については、なるべく忘れたいもののようです
(笑い)。
第12条は、国民の不断の努力で人権を守ることが義務だ、と書いてあります。
つまり、「政治活動するのは、国民の義務だ」と書いてあるんですよ。絶えず押
し付けつづけなければ人権はなくなる、ということを、憲法を書いた人たちはよ
くわかっていたわけです。
◎政府の権利を制限するものから国民の権利を制限するものへ――自民党の新憲
法案
自民党から、あたらしい憲法の案がでています。9条を抜本的に変える案です。
自民党のホームページにでていますので、コンピューターの能力のある方はじっ
くり読んでください(末尾にURL)。これは自分の将来に密接に関連するもの
かもしれません。
その内容は、9条だけではなく、原理・原則から抜本的に変えようとするもの
です。そのことを案を書いている自民党の人たちはわかっているらしいです。第
一、「憲法改正」とはいっていません。新しい憲法をつくるという言い方をして
いますから。
まず、前文から「われら」ということばが消えています。「日本国民」という
ことばはのこっていますが、「われら」がなくなって「彼ら」という感じがつよ
くなります。
そして、政府の権利を制限するものから、国民の権利を制限するものに変えよ
うとしています。
◎前文は「彼ら」のものになる
自民党案では、かなり根本的に変わったところが、4つあります。
ひとつは前文。「われら」ということばがなくなり、「天皇」ということばが
入り、平和についての、あのきれいな文章がなくなります。
◎新第九条では自衛軍を作り、交戦権は可能
新しい第9条は、ブラックユーモアが好きなら笑えます。1で日本は戦争をし
ない、といっておき、2で自衛軍を作る、という(会場から笑い)。
「国の交戦権はこれを認めない」ということばは消えています。交戦権という
のは、兵士は国の命令で戦場に行って10人、20人、100人の人を殺しても
連続殺人犯にならない、という権利なんです。社会的に批判されることはありま
せん。近所のお兄さんが人を殺したら、みんなびっくりして、どうしてそんなこ
とを!となるんですけれど、兵士として行ってたくさんの敵を殺したら、勲章を
もらえて、みんなに握手もしてもらえるわけです。
イラクで自衛隊はなにをしてきたか詳しくは知らされていませんけれど、すく
なくとも今の日本国憲法のもとで、これまで自衛隊は人を殺したことがあるとい
う記録はありません。
自民党の憲法草案には、「交戦権の有無については国会できめる」というよう
に、憲法ではなく、政府が決めることができるということになっています。
辻本清美議員が国会で防衛庁長官に質問したんです。新しい憲法のもとで、
「交戦権」を国会が認める可能性は?と聞いたら、答弁は「それはなってみない
とわからない」という返事でした。つまり、可能ということですが、それを憲法
に書いてしまうと批判が大きいだろうということで伏せてある。
◎公共の福祉から公益および公の秩序へ
大日本帝国憲法には、人権条項がありました。しかし、すべてなんらかの制限
がついていた。「私のゆるす範囲で君は好きにしていいよ」、でも、それは自由
ではありません(笑い)。
自民党の憲法案では「公益および公の秩序に反しない限り」、ということが書
いてあります。現行の憲法では「公共の福祉」ということばがうたってあります。
「公の秩序に反しない限り」とでは、積極的にまもるべきことの意味が大きく変
わるということです。
これがどういう事か例をあげれば、安保反対のために立ち上がって、国会をと
りまいた何十万人の人々は、公共の福祉を求めていました。しかし、公の秩序は
壊していました。だから、あの行動は、今の憲法では認められるが、新しい憲法
案では認められないことになりますね。
◎地方自治を「住民に身近なもの」だけに閉じこめる?
4つめ。これは、あまり議論されていませんが、地方自治のところです。
今の流れとして、天皇から中央政府へそこから国会へ、国会から国民へという
流れが激しいんです。
現在の日本国憲法には「地方自治の本旨にそって、地方自治体を作る」、と書
いてある。それぞれの地域の特徴にあわせて、草の根から地方自治を作るという
ことです。
自民党の新しい憲法案には、地方の自治の本旨の定義が書いてあります。「住
民に身近な政治」を行うことだというんです。本旨を中央政府が決めるというの
は、おそらく「地方政府は、東京政府のじゃまをするな」、つまり全国レベルの
ことを地方自治体は取り上げることを禁じるということだろうと思います。
そして、国と地方自治体はきちんと役割を分担して、と書いている。これはま
ずは沖縄を念頭においていると思います。
沖縄の連中は、首長ともども、基地はいらない、とか全国から基地をなくせと
か、うるさいことばかりいって困るというんです。
また、有事の時に、病院や駅などを軍が使うということについて、地方でも反
対意見がある、そういうものを封じてしまおうという意図があるとおもいます。
◎実行に移されたことのない日本国憲法
軍事力に頼らないで国の安全を守るということは、日本の政府はやったことは
ありません。ですから、日本国憲法はいまだに実行にうつされたことはありませ
ん。
憲法と基地がコインの裏表のようにひとつにシステムになってしまっています。
そのことを話すためにケナンの話をします。
ジョージ・ケナンは、containment封じ込め政策というものを発案した人です。
これは、トルーマンからクリントンまでアメリカの外交政策の基本となりました。
それをつくった、非常に大きな影響力をもった人でした。
つまり、ソ連に対して侵略はしないけれど、まわり中にアメリカの基地をおい
て、拡大をとめる。
戦後、アメリカが外交政策を根本的に作り直しているときでした。ソ連が仮想
敵国に変わるわけです。
◎マッカーサーの意見を取り入れたケナン
マッカーサーは日本では、かなり独裁的にやっていたので、国務省は、それを
変えさせようと大物のケナンを日本に送りました。
その中に、平和憲法のファンタジーをやめて、日本軍を作ったほうがいい、と
いう注文があったのです。マッカーサーのまわりには共産主義者がいて、講和条
約のあと日本をソ連に渡す気ではないか、とさえ疑われていました。
それに対して、マッカーサーの返事は、次のようなものでした。1)そういう
ことをすれば、国際公約を破ることになる。2)連合軍の基本原則をひっくりか
えすことになるので、アメリカが日本人の前で恥をかく、3)今の日本は訳に発
つほど強い軍隊をつくれにあ、4)今の日本の経済力では、軍隊を作ろうとした
ら破産するだろう、5)日本人は軍隊をつくりたくないので、我々が共生しない
とつくらないだろう、という5つの理由をあげて、マッカーサーは断った。
そのあとが面白い。マッカーサーの言葉です。
けれども大丈夫です。軍事力で日本を守ることができます。今や飛行機での戦
争が主流になりました。沖縄からであればソ連も中国も攻撃できるから、沖縄に
基地をおくかぎり、日本の平和憲法を変える必要はないんだ、といいました。
(詳しくは配布資料の「平和憲法と沖縄の米軍記事」を参照してください。)
◎沖縄に米軍基地があることと平和憲法はセットだった
この説明に対して、ケナンは、ああ、なるほどと答えたようです。戦後、戦争
のないとき、アメリカ軍は沖縄で滑走路とか格納庫とかいろいろ作っていました
が、アメリカ政府は予算をつけていませんでした。沖縄を撤退するか、ずっと残
るかきめていなかったからです。ケナンがもどって報告書を書いて、そのあと、
アメリカ政府の予算がついて、アメリカ軍の基地に鉄筋コンクリートの建物が建
ち始めるんです。
「平和憲法は、ついに沖縄には来たことがない」、という表現があります。日
本の1%の土地に過ぎない、沖縄に75%もの基地が集まっているということが
かならず、指摘されます。
しかし、現在の沖縄では、戦死者は出ていない、空襲もない。マッカーサーの
考え、彼に学んだケナンの考えがあったんですね。この段階では自衛隊を作るつ
もりはなく、本土からも米軍基地を撤退しようと考えていました。実際はそうな
っていなくて話はやや複雑なんですけれども。
善意で護憲運動にかかわっておられる方が多くおられます。たくさんの組織が
あります。
しかし、同時に日米安保をなくそうという運動にかかわっておられる方は非常
に少ないんです。
最近、昔あんなに聞いた「安保粉砕!」の声を聞かないんです。
◎沖縄の声に答えられますか
アメリカの右翼は、日本はアメリカの軍事力にただ乗りしている、という声が
あります。
沖縄では別の声があります。日本の75%の基地が集まっている。沖縄は相談
されたことはなく、沖縄の意思に反して基地がある。アメリカ政府の意思、日本
政府の意思、安保条約に対して反対していない人々があります。それなら、平等
に負担したらどうだ、という声があります。
普天間基地を移転しようとしたら、その移転予定先に急に平和運動が盛り上が
る。そして、基地はいやだというんですね。
この矛盾。その解決は、二つあると思います。安保反対の声を高くあげるか、
沖縄の基地を引き受けるということが必要ではないでしょうか。いかがでしょう。
◎質疑応答
――(学生)社会人入学の2年生です。最近、広島に原爆を投下した飛行機が
発進したテニアン島に行ってみましたが、そこはよく整備された飛行場とかがあ
りました。沖縄の米軍基地は、あそこにもっていけばいいな、と思うのですが、
いかがでしょう。
ラミス:その場所にも先住民族がいると思うのですが、いかがでしたか。そこ
に誰もすんでいないにしても、近くの島の人にも意見を聞いてみた方がいいので
はないでしょうか。
――(地域の参加者)軍産政共同体が変わらないと根本がかわらないと思うの
ですが、アメリカ国内の動きで日本人が力をつくしていけるようなものがあれば、
とおもうのですが。
ラミス:死の商人の話ですね。戦争以前、アメリカの不況はどうしてもよくな
りませんでした。真珠湾攻撃がはじまってようやく景気がよくなりました。それ
いらい今日までずっとアメリカは戦争状態が続いていて、景気がいいです。全面
戦争ができるような状態を保ちつづけているわけです。そこを直さないとどうし
ようもないというところがあります。
さきほど申し上げたことで誤解をしないでください。アメリカはなにも日本の
ために米軍基地をおいているわけではありません。自分の国の中の問題、経済が
よくなる、国の中が割れているのをよくするために戦争を起こし続け、あちこち
に基地を置いているのですから、そんな国がする戦争についていくような道をと
るのでしょうか。
◎参照ウェブページ
自民党の新憲法制定推進本部 のHP
http://www.jimin.jp/jimin/shin_kenpou/
インターネット新聞 janjan
http://www.janjan.jp/government/0406/0406266100/2.php
ジョージ・ケナン(で検索)
http://ja.wikipedia.org/wiki/
沖縄9条連
http://www.9joren.net/
◎参加者の声から
「目からウロコが落ちる」というか、非常に学ぶところが多かったです。(地
域の主婦)
岩国基地の問題をどう考えるべきか、にも触れてほしかったです。(マスコミ
関係者)
日本語が難しかったので、よくわからないところがありました。(あとで、研
究室へラミスさんを訪問した留学生)