生態学会)札幌コンベンションセンターで3/10朝9時半から企画集会「海の生物多様性保全」を主催します @tiniasobu #kaminoseki #isahaya #shimanto #border #biodiversity
2011/03/01
日本生態学会第58回大会 (ESJ58) のご案内です。
http://www.esj.ne.jp/meeting/abst/58/T13-1.html
企画集会 T13 -- 3月10日 9:30-11:30 E 会場
日本の海の生物多様性保全のために学会ができること
企画者: 安渓 遊地(山口県大・国際)
日本列島弧周辺の海は、世界で最高レベルの生物多様性を育んでいる。この生物多様
性の高さの背景には、寒帯から熱帯までの海域の存在、サンゴ礁生態系の存在、複雑
な海岸線とそれが作る多様な海岸環境、海岸から日本海溝に至る大きな深度勾配があ
る。しかし、海岸近くに集中する人間活動によって、海、特に自然海岸は大きく変貌
し、その生物多様性は大きな危機にさらされている。瀬戸内海への上関原子力発電所
建設計画や沖縄のジュゴン生息地の海草藻場埋立計画などは、差し迫った緊急の問題
である。さらに、生物多様性条約国締約国会議、諫早湾の潮受堤防開門の高裁判決、
あらたな危機がせまる四万十川の河口域、国際的な注目が集まるボーダーの海の自然
など、次々に新たな事態が進行中である。
日本の海の生態系と生物多様性を保全するための日本生態学会の取組と、それに歩調
をあわせて立ち上がった日本ベントス学会・日本鳥学会・軟体動物多様性学会・日本
地理学会等の自然保護担当者や気鋭のジャーナリストによる最新報告。
日本鳥学会鳥類保護委員会からのコメントを予定している。
[T13-1] 学会の要望書とそのききめの検証 安渓遊地(山口県大・国際)
[T13-2] 日本列島弧の海岸の生物多様性の特徴と現状 加藤 真(京大院・人間 環境)
[T13-3] 諌早湾干拓と原発―基礎生物学から見えること 佐藤正典(鹿児島大・理)
[T13-4] 砂州消失問題から見える四万十川と土佐湾の生物多様性の危機 伊谷 行(
高知大・教)
[T13-5] 北方四島―ボーダーの海をどう守るか 本間浩昭(毎日新聞・根室支局)
以下は個別の発表のレジュメです。安渓遊地は、ごく短い導入としてお話する予定で
す。
企画集会 T13-1
学会の要望書とそのききめの検証
安渓遊地(山口県大・国際)
日本生態学会の自然保護専門委員会ではさまざまな自然保護案件に対して意見書を出
す取り組みをしてきた。その中でも重要なものは総会での決議による要望書の形をと
るが、これまでの案件から、海や島の生物多様性の保全に直結するものを以下に抜き
出してみた。これらの要望についての効き目(=社会的影響)を検証し、諫早の開門
調査や、北方領土での環境破壊の進行など、あらたな事態を迎えて、他の学会や自然
保護団体とも連携しながら、どのように取り組んでいけばよいかを、ともに考えるた
めの問題提起をしたい。
コメンテーターとして、鳥学会の鳥類保護委員長(早矢仕有子氏・札幌大)に、鳥学
会の学会決議内容とその後の活動についての説明をしていただく予定である。
1999 沖縄島在沖米海兵隊北部訓練場内ヘリパッド建設予定地の見直しに関する要望書
2000 ジュゴンが生息する沖縄島東海岸の亜熱帯サンゴ礁域の保護を求める要望書
2000 上関原子力発電所建設予定地の自然の保全に関する要望書
2001 上関原子力発電所に係る環境影響評価についての要望書
2001 有明海の環境改善に関する要望書
2003 西表島浦内地区におけるリゾート施設建設の中断と環境影響評価の実施を求め
る要望書
2003 尖閣諸島魚釣島の野生化ヤギの排除を求める要望書
2010上関原子力発電所建設工事の中断と生物多様性保全のための新たな調査を求める
要望書
生態学会自然保護委員会のHP http://www.esj.ne.jp/esj/J_NatCon.html
企画集会 T13-2
日本列島弧の海岸の生物多様性の特徴と現状
加藤 真(京大院・人間 環境)
日本列島弧は、海の生物多様性の著しい高さを享受している。この多様性の背景には、
サンゴ礁生態系の存在、複雑な海岸線が作る多様な沿岸環境の存在、そして日本海溝
に至る大きな深度勾配がある。海の生物多様性は、地下資源の少ない日本にとって、
最後で最大の資源であると言ってよい。しかし、日本は海の教育をおろそかにしてき
ただけでなく、海岸線の改変や、海の汚染、富栄養化、砂堆における海砂採取、川と
海の連環の断絶などによって、誇るべき多様性を急速に失いつつある。
日本列島弧は、熱帯の海の生物多様性を付与されていることに加え、この海域で特別
に多様化した固有の生物群を宿しているが、その代表が礫浜で適応放散したミミズハ
ゼ類である。急峻な山脈をしたがえ、雨量の多い日本列島は、海岸には数多くの礫浜
を持つ。ミミズハゼ類の分子系統解析と、その系統をもとにしたハビタットの変化や
脊椎骨数の変化の追跡によって、ミミズハゼはこのような多様な礫間隙に適応しつつ、
多様化したことが明らかになった。
瀬戸内海はアジアで最大規模の内海で、きわめて特徴的な生物相を有していたが、現
在では海岸の改変や汚染、生物多様性の減少が著しい。そのような瀬戸内海にあって、
周防灘は海岸や海域での人為の影響が最も少なく、干潟・海草藻場・磯・海藻藻場・
礫浜・砂堆などが最もよい状態で残されており、瀬戸内海を代表する生物相や生態系
が息づいている随一の場所である。そこには、一つの海岸に7種のミミズハゼが生息
する海岸も見られる。周防灘は、海洋保護区にこそふさわしい場所であり、原子力発
電所を建設するのに最もふさわしくない場所である。さらに、辺野古の海草群落、泡
瀬の海草干潟、奄美諸島の入江など、世界に誇るべき日本のかけがえのない海の自然
が、不当に低い評価をされたまま、開発によって失われる危機に直面している。
企画集会 T13-3
諌早湾干拓と原発―基礎生物学から見えること
佐藤正典(鹿児島大・理)
1997年に諌早湾の広大な泥干潟を閉め切った諌早湾干拓事業については、当初から、
大きな悪影響が懸念され、生物学の研究者グループ(底生生物研究者有志、日本生態
学会、日本魚類学会、日本ベントス学会自然環境保全委員会)は、これまでに合計4
件、同事業の中止・中断、諌早湾の原状復帰、あるいは長期開門調査の実施などを求
める要望書を国や地元自治体に提出した。しかし、これらの要望は無視され、事業は
強行された。案の定、有明海(特にその奥部)では、環境悪化(赤潮や貧酸素水塊の
頻発など)とそれに伴う漁業不振が起こったが、社会の対応はあまりにも遅かった。
農水省「第三者委員会」が長期開門調査(閉め切られた諌早湾の内部に海水を導入し、
そこを再び汽水域に戻し、閉め切りの影響を検証する調査)の実施を提言しても(20
01年)、佐賀地方裁判所が、その調査を国に命じる判決を下しても(2008年)、それ
は実施されなかった。2010年12月の控訴審判決によって、ようやく開門調査の実施が
確定したが、干拓地への農家の入植(2007年)の後になったために、問題を複雑なも
のにしてしまった。
瀬戸内海の周防灘では、ここが「生物多様性のホットスポット」であるにもかかわら
ず、原子力発電所の建設が計画されている。これに対して、3つの学会(日本生態学
会、日本ベントス学会、日本鳥学会)がもっと慎重な環境アセスメントを求める要望
書(合計12件)を事業者や監督官庁に提出している。しかし、それらは無視され、埋
め立て工事が始まろうとしている。このままでは、取り返しのつかない損失がもたら
されるにちがいない。それは、内湾生態系の基礎と原子力発電所の廃熱システムを知
るならば、明らかに予見できることである。社会問題になるような人間の被害が現れ
てから対処するのでは手遅れであるので、今、基礎生物学が果たすべき役割は大きい。
企画集会 T13-4
砂州消失問題から見える四万十川と土佐湾の生物多様性の危機
伊谷 行(高知大・教)
四万十川は高知県西部を流れる「日本最後の清流」として名高い河川である。流域に
大規模なダムがないことがその理由のひとつであるが、現在、その河口域に大規模な
河川改修工事が計画されており、今後も「日本最後の清流」であり続けることができ
るのかが危惧される。現在、顕在化している問題は、四万十川河口砂州の消失問題で
ある。この砂州は、四万十川を太平洋の波浪から守る働きをしており、河口近くで合
流する支流の竹島川も含めて、河口域にはスジアオノリの漁場、コアマモの藻場、シ
オマネキやクシテガニが生息する泥干潟が点在し、巨大なアカメが息づく独特の生態
系をつくりあげていた。砂州は大雨や台風により、これまでも消失することがあった
が、すぐに自然に復元されてきた。しかし、2005年秋に消失した際には復元されず、
1年半後に土砂投入により復元された。さらに、2009年秋に消失してからは、現在ま
で復元されていない。この間、塩分変化や波浪の影響などにより、スジアオノリの漁
獲は下がり、コアマモ藻場のいくつかは消失した。河口砂州の消失原因について、国
土交通省と高知県は、河口付近に建設中の「第1防波堤」が主因であることを2010年
10月に認めることとなった。しかし、その対応策は基本的には土砂の投入であり、根
本的な「第1防波堤」の撤去ではない。本報告では、「第1防波堤」の建設目的であ
る河川改修問題について紹介し、今後の学会の対応について検討を行う。また、土佐
湾における細砂底の生態系の危機についてもあわせて紹介を行う。
企画集会 T13-5
北方四島―ボーダーの海をどう守るか
本間浩昭(毎日新聞・根室支局)
ボーダー(境界)には豊かな生態系が残され、多くは野生動物の聖域となっている。
だが、そのボーダーが係争地の場合、放置しておくと取り返しのつかないような生態
系の激変を招きかねない。
ラッコがゆったりと海面を漂い、シャチが群泳し、アザラシ類が海岸線を埋め、エト
ピリカが群舞し、トドがほえる海。「日本最後の秘境」でありながら、未解決の北方
領土問題を抱える日露の係争地・北方四島では、2007年からロシアによるインフラ整
備が本格化し、豊かだった海も急速な資本主義経済化の過程で激しい密漁と乱獲にさ
らされている。実効支配されている以上、日本としては手も足も出せない。
だが、可能性が全くないわけではない。国連教育科学文化機関(UNESCO)の世界自然
遺産に2005年に登録された「知床」を北方四島の北隣のウルップ島まで拡張するとい
う構想である。世界遺産条約第11条3は「2以上の国が主権又は管轄権を主張している
領域内に存在する物件を記載することは、その紛争の当事国の権利にいかなる影響を
もたらすものではない」と定めている。
そこで、四島を共通項と考えてみる。四島までの拡張案なら、ロシアは実効支配の現
状を盾に拒否するだろう。だがウルップ島を含む拡張案であれば、日本は「知床から
北方四島まで」、ロシアは「ウルップ島から北方四島まで」を自国の領土としてお互
いに主張できる。四島という共通項が「グリーンベルト(国境線の両側に設けた緩衝
地帯)」の役割を果たしてくれる。領土問題を棚上げしたままで実現可能な保全策だ。
これ以上事態が悪化しないうちに両国の研究者が手を携え、双方の政府を動かしてみ
てはどうか。
参考文献;大泰司紀之・本間浩昭2008『知床・北方四島』岩波新書カラー版,
本間浩昭2007「北方四島をどう保全するか」松永澄夫編『環境 設計の思想』東信堂