書評)2000年に出した『島からのことづて』を評していただいています
2009/09/27
宮本常一先生の『忘れられた日本人』に触発されて
2000年にまとめましたが、いまでは
ほとんど「忘れられた本」になりかけている、
安渓遊地・安渓貴子の『島からのことづて――聞き書き琉球弧の旅』葦書房
shuuji さんが 書評をしてくださっていましたので、引用させていただきます。
http://jp.mille-records.com/ASIN/4751207687
でみつけましたが、アマゾンに載っています。
これを見て、よんでみたいな、という方には、半額以下の1000円でおおくりします。
By shuuji ”shuuji” (Japan) - レビューをすべて見る
著者の一人、安渓遊地(1951-)は、環境と密着した生活を営む人々の生態人類学
的研究と、その行く先々で出遭ってきた「調査地被害」の実態を専門の研究者たちに
問題提起し、別の可能性を文化人類学で問い続けてきた仕事でよく知られている。
本書では、筆者が1974から入ってきた琉球弧の島々での聞き書きを、「南島の人と
自然」(環境)、「橋をかける」(生業)、「地の者として」(社会)、「見えない
世界」(宗教)といった4つの章(側面)に分け、行く先々で出遭った17人の人々の
語りを中心に、読者がなるべくその語りに直接立ち会っているような形で呈示し、そ
れらの聞き書きがどういう問題意識から出てきたものなのかを1章の「日本のある島
で」から始まる著者の学問観の形成(恩師伊谷純一郎との)と共に編んでいる。
近年、文化人類学では、過去の民族誌への反省が、一部で多くの論文を生み出し、
人類学の歴史や民族誌の批評といったメタレベルの作業が増えているが、著者が「偉
い」と思うのは、過去の批判の作業と並行して、本書のように、民族誌の別ヴァージョ
ンを実際に出版して世に問うているところである。実際、メタレベルでは偉く威勢が
良いい論文を見るが、それが民族誌を書く実践にどう再帰するのかよく分からない研
究も多ければなおさらである。
『調査されるという迷惑』では、宮本常一の問題意識を継承し、主に専門誌に乗っ
た文章でその要旨が呈示されているが、本書はそうした問題意識を担った民族誌の実
践編としても読めるし、また幾つかの文章では、著者と調査地の人々との一問一答が
ほぼそのまま掲載されているものもあるので、初学者が現地でどのように応答を進め
ていくのか、そうした関心にも応える内容も含んでいる。
ただ、古老の話が多いだけに、特に度量衡の単位が注がないと分からなかろうと思
われるところも散見されたので、「欲ではありますが」増刷で補えれば若者にも読み
易かろうなぁと思った。