これから出る本)島の暮らしブックレット最新3冊の紹介です
2011/02/16
虹のかけはし――全七冊完結にあたって
この七冊の島の生活誌・聞き書きシリーズは、屋久島でのひとつの出会いから生ま
れました。地球環境問
題を、人類の文化の問題ととらえて総合的な解決をさぐるために二〇〇一年に創設さ
れた地球研(総合地球
環境学研究所)教授の湯本貴和さんが、屋久島フィールドワーク講座で若者たちとと
もに汗を流す中で、安
渓遊地と安渓貴子に声をかけたのがそもそもの始まりでした。湯本さんは、日本列島
の人と自然の関わりの
歴史を踏まえて未来を考える、五年間の「列島プロジェクト」を、二〇〇六年四月か
ら全国の一三〇人もの
研究者を集めて本格的にスタートさせました。その中で、生物と文化の多様性が特別
に高いホットスポット
である奄美・沖縄の研究班を組織することを依頼されたのです(発足メンバーは、シ
リーズ第一巻一〇五頁)。
地域研究にとって五年という期間は短すぎます。フランスの民族学(文化人類学)
分野の研究者たちは、ひ
とつの民族、ひとつの村に、三〇年でも四〇年でも通い続けるのがあたりまえです。
フィールドとのそうし
た末永いおつきあいをしている研究者、または、これからしてくれそうな若手の研究
者を探しました。根っ
からのウチナーンチュや、アマミッチュの子孫というメンバーが加わったのもありが
たいことでした。
それでも、今日の出版不況のなかで、島びとたちの庶民としての知恵の世界を、多
くの人たちが共感でき
るような形で公刊し、誰もが共有できるようになるまでにはいくつものハードルがあ
りました。
ひとつは、『調査されるという迷惑』(宮本常一・安渓遊地、二〇〇八、みずのわ
出版)の問題です。
調査というものは地元のためにはならないで、かえって中央の力を少しずつ強めて
いく作用をしている場
合が多く、しかも地元民の人のよさを利用して略奪するものが意外なほど多い――宮
本常一先生はこのよう
に警鐘を鳴らしました。どうすれば、こうした調査地被害を引き起こさずに学ぶこと
ができるでしょうか。こ
の問いかけは、奄美・沖縄班のチームづくりにあたって、もっとも大切にした点です。
この姿勢が、班の全
員に共有されるように、何度も合宿研修を重ね、プロジェクトの後半では、沖縄・や
んばるや奄美・大和村
でのシンポジウムなどの地域への発表の機会も生かして、地元との交流と研究成果の
還元をはかりました。
もうひとつは、学問的なレベルと、誰にもわかる読みやすさの両立です。これにつ
いては、すみわけをす
ることにしました。第一線の研究者どうしの厳しい査読を経たプロジェクト論文集が、
全六冊の『日本列島
の三万五〇〇〇年』(文一総合出版)で、南島の未来の研究者のための浩瀚な資料集
が『奄美・沖縄の人と自
然』(南方新社)です。そして、お話をしてくださった方々が、知人やお孫さんに手
渡したくなるような、手
軽で読みやすく、なんどでも読みかえされる冊子をめざしたのが、この『島の生活誌』
全七巻です。
そして最後は、出版にこぎつけるまでです。このシリーズは表紙と本文のすべてを、
自分たちで仕上げて
印刷所に渡すという方式で作成しています。それを実現するために、当山昌直さんに
先導されて組版ソフト
を習い、美しい地図は早石周平さんが作り、渡久地健さんは七冊の表紙をすべて手が
けて、全部そろえると
虹の色となるブックレットを作りあげました。このたび同時刊行となる三冊では、若
手のお二人にも編集を
担当してもらいました。こうしたチームワークのよさとフットワークの軽さが奄美・
沖縄班の持ち味です。
渡久地さんは、上記の論文集の第四巻『島と海の環境史』の中で、次のように語っ
ています。
「私は、地球研列島プロの奄美・沖縄班に加えていただいて、多士済々のメンバー
とともに、地域の方々と
胸襟を開いて対話するという勉強を重ねるうちに、それまでどこか苦しいものだった
フィールドワークが、自
分にとってわくわくするような楽しみに変わっていることに気づいた。そうしたなか
で、海に生きることを
愛し、昔からの智恵を実地に学びつつ漁をし、その成果を『島魚・国直鮮魚店』とい
うブログで日々情報発
信しておられる、大和村の中村修さんのような若者に出会えたことも、驚きに満ちた
喜びの一つだった。…
…私は、漁民の目を得て、いつか微細な海の言語が綾なす漁場としてのサンゴ礁世界
をなんとか捕え、描き
たい、と夢みる。きっとまだ、間に合うだろうと思う。また、出かけよう。」
プロジェクトが終了しても、私たちの「理科系のミンゾク学」はまだまだ続きます。
読者のみなさんも、気
軽に声をかけてください。どこかでお会いできたら、島のくらしをともに語り合って、
大いにもりあがろう
ではありませんか。おかげさまで班の若手のメンバーたちも、プロジェクトの五年間
のうちには博士号を取
得し、心のこもった「島からのことづて」をきちんと受け止めることができる研究者
に育ちました。この蓄
積を生かして、今後もときどきは合宿をしながら、シリーズの第二期を出していけた
らと願っています。
最後に、私たちの望み通りの本を作ってくださったボーダーインクの池宮紀子さん、
湯本貴和さんを支え
て地球研の膨大な事務をこなしながら私たちの出張や出版の応援をしてくださった列
島プロジェクトのスタ
ッフ、高橋敬子さん、細井まゆみさん、岩永千晶さんほかのみなさんにあつくお礼を
もうしあげます。
地球研列島プロジェクト 奄美・沖縄班を代表して 安渓 遊地