それでもなお希望を生きる)「もし明日世界が滅びるとしても、私は今日リンゴの木を植える」の来た道 #C.V.Gheorghiu_RT_@tiniasobu
2010/05/08
2021年1月23日修正
1)アッシジの聖フランチェスコの生活 ほどこして生きていた → ほどこしで生きていた
2)このことを網羅的に探求したブログのリンクを末尾に追加して、内容をpdfで添付します。
3)ゲオルギウ Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Constantin_Virgil_Gheorghiu から写真を挿入しました。
フランス語版の方がすこし詳しいようです。 https://fr.wikipedia.org/wiki/Virgil_Gheorghiu
赤坂憲雄さんとはなしあったことに刺激されて、そもそも誰がなんといったか、という藪の探検をして遊んでいます。
『モモ――時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語』(岩波書店)の作者のミヒャエル・エンデは、アシジの聖フランチェスコのエピソードとして、「来週世界が滅びるとしても、今日私はニンジンの種を播く」といったということを、読んだことがあります。
以下のホームページによれば、『オリーブの森で語り合う』(岩波書店)だったのだとわかりました。
http://www3.plala.or.jp/mig/talk-jp.html
ここで話題はがらりと変わって、アッシジの聖フランチェスコの話になる。「もし来週世界が滅びるとして、そのニンジンがたべられないと知っていたら、どうするか」とたずねられて聖フランチェスコは「それでもこのまま種をまきつづける」と答えたことを「オリーブの森で語り合う」でエンデが引用していることについて子安が質問するが、これをエンデは古来ヨーロッパの神学にある「自然を超えた」人間の徳であり、これは「信」、「愛」、「希望」だという。なぜかというなら、これらの徳は「~にもかかわらず」生まれるものだからであるという。たとえば「希望」とは、戦争が強いる極限状況下にあってもなお生きようとする強い意志をもって困難に立ち向かう人間を支える心理をいうのであり、
「愛」も必然的な因果関係とは異なった次元で起こるものであり(なぜ他ならぬこの人を愛するかということについて、普通人は理論的に説明できない)、
そして「信」(「信仰」と「信用」のどちらもあり得るが、ここでは文脈から「信仰」の意味であると判断できる)についても、なぜ神を信仰するのか教会関係者に問い詰めたところで因果論的思考を満足させるような回答を得ることはできない。これらの徳こそが人類を唯物論や因果論の呪縛から解き放ち、人間らしい生活へとみちびいてくれるのであり、そのことをエンデはここで暗示している。(引用終わり)
以下は、西洋古典方面での、私の知恵袋のような役割をしてくださっている、一橋大学図書館のHさんへの最近のメールからです。
H様
「キリスト教の徳のうち、信・愛・希望の3つは、神様からくるもの。希望については、(リルケの、マルチン=ルターの『明日世界が滅びるとも、今日私はリンゴの木を植える』が有名だけれど)アシジの聖フランチェスコが、ニンジンの種を播いていて『来週世界がほろびるとも、今日私はニンジンの種をまく』というのがある云々 とありました。
原発計画を止めようとしながらhttp://ankei.jp/yuji/?n=932二年分の薪を積んでいるhttp://ankei.jp/yuji/?n=216私としては、心にぐっとくるものがあるのですが、
昨秋、必要にせまられて http://ankei.jp/yuji/?n=804ひとしきりル・クレジオを読んだ後、知恵熱がでて寝ていた時、ジュリアン=グリーンの「アシジの聖フランチェスコ」(人文書院
)を読んでとても感動しました。さまざまな伝承を書き留めた古今の史料を読み解きながら実像に迫ろうとする著者の態度にも打たれました。
でも、ニンジンのエピソードはその中にはなかった。
そして、その生活スタイルを知ったとき、基本的にほどこしで生きていた彼やその「小さな兄弟」たちが自分でニンジンを育てそうもない、ということが実感されてしまったのです。
エンデが何にもとづいてあのようにいったのか、リンゴの木を植える話は、はたしてルターのオリジナルなのか、といった疑問に逢着してしまいました。
これもまた、田舎百姓兼大学教員の手にはあまる疑団のひとつでした。」
これに対して、たちまちお返事がきました。なんと、リンゴの木のエピソードは、もっとも古くて1944年だというのです(1499年ではありません)!
以下、Hさんからの教示です。世の中、簡単に信じちゃいけない、という見本のようなお話になってきています。
■柴田昭彦「真実を求めて」(pdfで添付します)
http://www5f.biglobe.ne.jp/~tsuushin/sub3b.html
「<ゲオルギウの言葉の謎>
...
この言葉のルーツをインターネットでたどって行くと、その混乱ぶりに驚かされる。
出典を示すことなく、孫引きされているケースも多い。
誰が言った言葉なのかについて、以下のような説がまことしやかに紹介されていて、定説を見ない。
...
コンスタンチン・ビルジル・ゲオルギウ(1916~92)は、
小説 『第二のチャンス』 (1952年原著、53年訳書)
の巻末において、マルチン・ルターの言葉として、次の文を引用しているのであった。
(※ ただ、「明日」と「明白」の食い違いの謎は残されている。あとで解明しよう。)
「どんな時でも人間のなさねばならないことは、
たとえ世界の終末が明白であっても、
自分は今日リンゴの木を植える・・・・・・」
(ゲオルギウ著・谷長 茂 訳 『第二のチャンス』1953年刊・訳書、より)
ただし、マルチン・ルターが言ったという確証はなく、1944年10月以来、ルターに帰せられている言葉である。
...
『第二のチャンス』の訳書(1953年)にある 「明白」は単なる誤植であり、
「明日」が正しいのであった。 (本邦唯一の訳書は、お粗末であった。)
次の文章が、本来、ゲオルギウ著『第二のチャンス』に収録されるべき原文なのであった。
「どんな時でも人間のなさねばならないことは、
たとえ世界の終末が明日であっても、
自分は今日リンゴの木を植える・・・・・・」
■「世界が滅びる日の前日に林檎の樹を植える」のは誰?(4)
http://blog.minimalkitchen.com/?eid=22580
「 http://www.luther.de/en/baeume.html
...One must remember, that the first written evidence of this saying
comes from 1944...
...(しかし)覚えておかなければならない。 この言葉に対する証拠は最も古いものでも1944年であることを・・・」
...「もしも明日世界が終わるなら、私は今日リンゴの木を植えるだろう。 」これは1944年のドイツを生きた何者かが考えだした言葉なのではないか。
しかし、当時の世相を反映して作者の名前で公表されることははばかられ「マルティン・ルター」という適度に歴史があり、適度に検証が難しく(バレにくい)、なんとなく説得力を感じさせる人物の権威を借りることにより発表されることになる。推測の域を越えることはできませんが私は、現時点ではこのように捉えています。」
追記
2007年のブログに探求の結果が表になってのっていました。pdfでも添付します。 http://www5f.biglobe.ne.jp/~tsuushin/sub12.html
世界の滅亡の前日に林檎のを植えるのは?真実を求めて.pdf (7,630KB)