上関)1/10の3学会合同シンポジウムの資料集(最終版)
2009/12/22
12/25日本文を 改訂しました。
以前のバージョンでは。温排水の温度などについての記述について、誤解を招く表
現があると、いつもウェブページをみてくださっている山口県民からのご指摘があり
ましたので、執筆者と相談のうえ、改訂いたしました。印刷されるのはこのバージョ
ンですので、引用などの場合にはその点にご注意ください。科学的にできるだけ正確
なものになるよう、ご指摘・ご協力くださったみなさまに心から感謝申し上げます。
安渓遊地・佐藤正典
自然系の3つの学会が力をあわせて、1月10日に広島でシンポジウムを開催しま
す。
以下にポスターとプログラムがあります。
http://ankei.jp/yuji/?n=833
当日配る資料集ができました。全文はpdfをご覧ください。
冒頭のところを引用しておきます。
はじめに
瀬戸内海に元々備わっていた豊かな生物相は、これまでの開発によってすっかり失
われてしまったと思われていた。ところが、瀬戸内海西部(周防灘)の上関周辺には、
小さな巻貝や海藻類などから、海鳥や水生哺乳類に至るまで、驚くほど多様な種(多
くの絶滅危惧種を含む)が生き残っていることが、近年の調査によって、次々と明ら
かになってきた。
今、ここに、原子力発電所の建設が計画されている。その環境アセスメントは、き
わめて問題の多いものだったので、生物学の研究者組織である3つの学会(日本生態
学会、日本ベントス学会、日本鳥学会)は、生物多様性保全の視点から、もっと慎重
な環境アセスメントを求める要望書など(合計10件)を事業者や監督官庁に提出して
きた。しかし、それらは、すべて無視され、埋め立て工事が始まろうとしている。こ
のままでは、今までかろうじて残されてきた瀬戸内海本来の豊かさが完全に失われて
しまうかもしれない。本シンポジウムは、そのような取り返しのつかない損失を何と
しても防ぎたいという願いを込めて、学会からの要望書の内容を多くの人に知ってい
ただくために企画された。
異例とも言える10件もの学会からの要望書などが一貫して主張していることは、生
物多様性保全(今日の重要な国際的合意である)の観点からの、上関周辺海域のかけ
がえのない価値である。本シンポジウムでは、この点を詳しく解説する。原子力発電
の是非を論ずることは、本シンポジウムの目的ではない。ただし、原子力発電所が建
設された場合には、その通常運転によって、莫大な廃熱が永続的に海に捨てられると
いう問題が伴う。したがって、原子力発電所は、単なる埋め立てだけの沿岸開発に比
べて、半閉鎖的な内海の生態系に及ぼす影響がはるかに大きいということを、強調せ
ねばならない。しかも、ここは、瀬戸内海環境保全特別措置法(1979年施行)という
特別立法を有する場所である。ここではもっと慎重な対応が必要であるということは、
原子力発電を推進するか否かの立場の違いにかかわらず、多くの人が合意できること
だろう。
主催者を代表して
安渓遊地・佐藤正典(本シンポジウム世話人)
図. 中国電力(本社:広島市)による山口県上関町長島の原子力発電所建設計画.
敷地面積約33万m2のうち陸上部分の約19万m2は,かつての神社林を含む.残りの約14
万m2は,海域埋め立て.南方熊楠(博物・民俗学者)は,明治末に,日本の神社林の
保護を強く訴えた.
上関原子力発電所計画をめぐる主な出来事
(学会関連事項を太字で示した)
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1982年10月: 中国電力が「上関町が原発建設の有力地」と発表
1996年11月: 中国電力が上関町に原発立地申し入れ
1999年 4月: 中国電力が「上関原子力発電所(1,2号機)環境影響調査書」提出
1999年 6月: 環境影響評価法施行
1999年11月: 山口県知事および環境庁長官が「生物多様性の確保」を踏まえた科
学的な環境影響評価(追加調査)を求める意見を通産省に提出(それを受けて、通産
大臣が追加調査を中国電力に勧告)
2000年 1月:中国電力の追加調査開始
2000年 3月: 上関原子力発電所建設予定地の自然の保全に関する要望書(日本生
態学会大会総会決議)
2000年10月: 中国電力が「上関原子力発電所(1,2号機)に係る環境影響評価
中間報告」を通商産業省に提出
2000年12月: 上関原子力発電所建設計画に関する環境影響評価についての意見書
(日本ベントス学会自然環境保全委員会委員長)
2001年 3月: 上関原子力発電所に係る環境影響評価についての要望書(日本生態
学会大会総会決議)
2001年 5月: 中国電力(株)上関原子力発電所1,2号機計画の総合資源エネル
ギー調査会・電源開発分科会への上程について(日本生態学会中国四国地区会総会決
議)
2001年 6月: 中国電力が「上関原子力発電所(1,2号機)に係る環境影響評価」
を経済産業省に提出
2003年 3月: 神社本庁が土地売却に反対していた四代正八幡宮神社の宮司を解任
2003年 5月: 上関原子力発電所(1,2号機)の詳細調査に着手しないことを求
める決議(日本生態学会中国四国地区会総会決議)
2004年 8月: 神社本庁が四代正八幡宮神社の土地売却に同意
2005年 4月: 中国電力が原子炉設置許可申請のための詳細調査開始(2009年9月に
終了)
2005年11月: 上関原子力発電所建設計画に関する詳細調査・環境影響評価につい
ての要望書(日本ベントス学会会長)
2008年 6月: 生物多様性基本法施行
2008年 6月: 上関原子力発電所建設計画に係る希少鳥類への影響評価に関する要
望書(日本生態学会自然保護専門委員会委員長)
2008年 9月: 上関原子力発電所建設計画に係る希少鳥類保護に関する要望書(日
本鳥学会会長)
2008年10月: 山口県知事が中国電力に公有水面埋立許可書を交付
2009年 4月: 中国電力が陸上部分の用地造成に着手
2009年 5月: 衆議院環境委員会における環境省総合環境政策局長の答弁に関する
意見と要望(日本鳥学会事務局長および鳥類保護委員長)
2009年 9月: 上関原子力発電所建設工事の中断を求める緊急声明(日本ベントス
学会自然環境保全委員会委員長)
2009年12月: 中国電力が「原子炉設置許可申請」を経済産業省に提出
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<講演1>
周防灘に残されている瀬戸内海の原風景
加藤 真(京都大学)
要旨
陸地に抱かれるように,静かな水をたたえる内海は,木々の緑を水面に映す,波お
だやかにして潮通しのよい海である。内海の湾奥には干潟が,潮流の早い浅瀬には砂
堆が形成されやすい。瀬戸内海は,多様な干潟環境と,イカナゴが湧く砂堆に恵まれ、
イカナゴやスナメリ、アビ類が織りなす特色ある食物連鎖と,その食物連鎖に介在し
た共生的な伝統的漁法によって特徴づけられていた。しかし、干潟や藻場は埋め立て
によって,砂堆や州は海砂採取によって,その多くが失われ、瀬戸内海の生物相や生
態系にも大きな影響が現れている。そのような中にあって、周防灘にはハマグリやア
オギスの生息する干潟や、イカナゴやスナメリ、カサシャミセンなどの生息する海域
が残っており,その自然の価値はきわめて高い。しかし、瀬戸内海の生物多様性のホッ
トスポットである周防灘のまさに心臓部に、上関原子力発電所を建設するという計画
が持ち上がっている。原子力発電所の内海への建設は、海水温の上昇や海水の放射能
汚染だけでなく、冷却水中に多量に投入される殺生物剤によるプランクトンの大量死
滅をもたらし、周防灘の生物多様性に不可逆的な悪影響を与えるに違いない。瀬戸内
海の生物多様性とその特徴ある生態系を将来に残すために、中国電力は上関原子力発
電所計画の再考という英断をすべきである。
内海の自然
陸地の間を縫うように続く水路のような海,それが内海である。内海の波静かな水
面には,山の緑が影を落とし,潮が引けば,内海の水辺に干潟が広がる。内海は,両
端が外海へと通じている点で,出入口が一つしかない内湾とは対照的である。水が滞
留しやすい内湾とは違って,多くの内海は潮通しがよい。瀬戸では潮流が激しく、そ
の潮流は海底で底質の選別を行なう。そのような海底には、泥よりも砂が卓越した清
浄な砂地、すなわち砂堆が形成されることになる。干潮時に水面上に顔をだすほどに
盛り上がった砂堆は、州(沖州)とも呼ばれる。透水性のよい清浄な砂からなる砂堆
には、東より、明石沖の「鹿の瀬」、備讃瀬戸の「園の州」、三原沖の「細の州」、
竹原沖の「能地堆」、宇部沖の「亀ガ瀬」などがある。これらの州の多くは、豊かな
イカナゴの漁場であったり、潮干狩り場であったりした。
瀬戸内海の自然は、多くの島々を浮かべ、複雑に入り組んだ海岸線と、島々の間に
広がった広大な浅瀬によって特徴づけられる。このなだらかな海底ゆえに、海域は西
より、すおう周防灘、伊予灘、あき安芸灘、いつき斎灘、ひうち燧灘、びんご備後灘、
水島灘、はりま播磨灘と呼ばれている。潮流による水の入れ替えはあるものの、内海
は河川の水の影響を強く受ける。そのため、冬の瀬戸内海は低塩分でかつ低温となり、
そのためそこには、イカナゴなどの冷水性の遺存種が見られる。
瀬戸内海の干満差は2メートルを超え、遠浅の海岸にはかつて広大な干潟が出現し
た。干出時は、干潟が酸素を深層まで吸い込める機会である。干出しない海底の底質
は宿命的に嫌気状態になりやすいが、この広大な干潟は、瀬戸内海にとって肺の役割
を果たしていた。
瀬戸内海の干潟は、日本で最も干潟生物の豊かな場所の一つであった。干潟に生息
する多様な濾過食者(懸濁物食者)や堆積物食者の豊産が、干潟の浄化機能の指標で
あった。干潟の食物連鎖にはヒトも少なからず関与していた。地先の干潟では、アサ
リやハマグリ、サルボウ(藻貝)、マガキ、ヨシエビ、クルマエビ、シャコ、アナジャ
コ(ボントクジャク)などが海辺に暮らす人々によってごく普通に採取され消費され
ていたし、ゴカイ類、ユムシ類(ユ)、スナモグリ類(シャク)はつり餌として広く
利用されていた。
生態系にも、人々の生活にも、多大なる奉仕をしてきた干潟の価値は、農地や工業
用地をより希求する社会の中で、しだいに忘れられてゆく。瀬戸内海の干潟の埋め立
ては江戸時代から始まってはいたが、1960年代に一気に加速した。干潟環境の減少に
よって、干出という干潟の肺機能と、干潟生物の持つ浄化機能の両方を内海は失うこ
とになった。
急速に姿を変えてゆく瀬戸内海にあって、本来の生物多様性と原風景を一番よく残
している海域はまぎれもなく周防灘である。生物多様性から見た周防灘の価値は、日
本全国で絶滅が危惧されているハマグリ、シマヘナタリ、アオギスの現在の分布を見
れば歴然とする(図1-1)。
砂堆の生物相
奥深い内湾がある一方で、瀬戸内海には潮通しのよい海域も多い。そしてそのよう
な海域の生物相を象徴するものに、3件の天然記念物がある。三原市幸崎町有竜島の
ナメクジウオ生息地、呉市豊浜町のアビ渡来群游海面、竹原市高崎町スナメリクジラ
回游海面である。広島県で指定されている海の天然記念物の3件すべてが砂堆の自然
であることは、瀬戸内海における砂堆の自然の重要性を意味している。
砂堆を代表する生物はナメクジウオとイカナゴであろう。ナメクジウオは清浄な砂
の中に潜り、砂の中の珪藻や間隙生物を食べる頭索動物である。有竜島のナメクジウ
オ生息地周辺では、海砂の採取が頻繁に行なわれて砂地が減少し、さらには海の富栄
養化や汚濁や底質のヘドロ化によって、ナメクジウオは現在ほとんど発見できなくなっ
てしまっている。
ナメクジウオと並び、イカナゴも砂堆なくしては生きられない動物である。浅海を
住処とするイカナゴ属は世界の各地の海で、魚食性の魚や海鳥、海獣類の重要な餌に
なっていることが知られている。瀬戸内海のイカナゴも、タイなどの水産上重要な魚
やアビ類、スナメリの餌として、重要な地位にあった。
しかし、1970年代に入ると、瀬戸内海各地の州や砂堆で、海砂の採取が始まった。
それまでに知られていたイカナゴ漁場の多くは、主に海砂採取によって失われたと考
えられる。明石沖の亀の瀬のように、漁民たちの努力によって死守され、今でもイカ
ナゴが湧き続けている砂堆は、内海の生態系にとっても非常に貴重であると言える。
天然記念物に指定されていた呉市豊浜村のアビ渡来群游海面は、イカナゴが湧く砂
堆の上に位置していた。冬になると、シロエリオオハムとオオハムを主体にしたアビ
類(地元ではいかり鳥と呼んだ)が飛来し、イカナゴを求めて水中に潜ってゆく。鳥
に追われたイカナゴは海底まで逃げてゆくが、それを求めてマダイが集まった。人々
は櫓をこいで舟をアビの群れの中に進め、そこでマダイを釣った。これが鳥付きあじ
ろ網代(いかり漁)である。この漁は、生物たちの自然の営みの中に、人間がそっと
入れてもらってはじめて可能になるもので、人々といかり鳥との信頼関係の上に成り
立っていた。しかし、海砂採取による砂堆の減少は、餌であるイカナゴの激減を招き、
渡来するアビの数は減少を続け、いかり漁は1986年を最後に行なわれていない。
アビと並んで、餌をイカナゴに強く依存していたのがスナメリである。スナメリは
背鰭を欠く沿岸性の鯨類で、彼らがイカナゴを追うその横で、マダイなどを釣る漁が
スナメリ網代である。しかし、スナメリの個体数は1970年代末から2000年までに1/3
ほどに減少した。その減少は特に、海砂の採取が行なわれた瀬戸内海中部と東部で顕
著であり、その減少が最も少なかったのが周防灘である。
瀬戸内海の原風景を残す周防灘
このように、瀬戸内海の本来の生物多様性と原風景を一番よく残している海域は周
防灘である。周防灘には干潟ばかりでなく、内海の岩礁海岸としては例外的に多様性
の高い磯が各地に見られる。とりわけ、上関町長島の磯では最近、貴重な生物の発見
が相次いだ。高潮帯の潮だまりの礫の下面の還元環境より、異旋類カクメイ科の巻貝
の新種や、ワカウラツボ科の新種ナガシマツボが発見された。潮間帯から潮下帯にか
けての岩礁には、瀬戸内海としては異例にも、みごとな海藻群落が発達し、スギモク
などの特徴的な海藻が生育する。長島の潮間帯の健全性を象徴するのは、カサシャミ
センの生息である。汚染や汚濁に弱い腕足動物が潮間帯に生息していることは、長島
の潮間帯がかつての瀬戸内海の清浄な環境を維持していることを示している。
長島の対岸には祝島があり、この水道はマダイが多く集まる場所としても知られて
いる。この水道にはナメクジウオが多く、清浄な砂堆がそこに存在することを示して
いる。この海域にはスナメリが多く生息し、繁殖も行なっている。またアビ類の飛来
も観察され、最近になって日本列島周辺固有の海鳥であるカンムリウミスズメの生息
が確認された。これらのことは、瀬戸内海のかつての生物多様性と原風景が奇跡的に
も、長島周辺に残されていることを示している。
上関原子力発電所のない未来を
国立公園にも指定されていながら、急速に輝きを失ってきた瀬戸内海の自然を未来
に伝えるためには、周防灘の自然を手厚く守る以外に道はない。ところが、周防灘の
心臓部、上関町の長島に、中国電力が原子力発電所を計画している。計画されている
発電所は改良型沸騰水型軽水炉2基で、もしこの発電所が稼動すると、膨大な温排水
を周防灘に流し込むことになる。
温排水の問題は、放射性物質が環境中に放たれる危険性だけではない。冷却水とし
て取り入れた海水が復水器を通過するとき、水温は局所的に40℃以上にも上昇する。
また、冷却水中には多量の殺生物剤(次亜塩素酸ソーダ)が冷却水中に投入されるが、
それはプランクトンの大量死滅をもたらす(図1-2)。殺生物剤はマガキの幼生に強
い致死効果を持つことが知られており、その影響は広島湾のカキにも及ぶにちがいな
い。周防灘に残された貴重な生物の多くは、そこが清浄な海域ゆえに生き残ってきた
と言える。その海域で毎秒大量の海水が採取され、殺生物剤で処理され、熱せられて
海に放たれる状況下では、そのような生物のプランクトン幼生は大きな打撃を被るこ
とになる。ましてや、海水が滞留しやすい内海では、温排水が海域の生物多様性に与
える影響ははかりしれない。
瀬戸内海の生物多様性のホットスポットである長島周辺は、原子力発電所を建設す
るのに最もふさわしくない場所である。瀬戸内海の生物多様性と、その特徴ある生態
系を守るために、上関原子力発電所計画は見直されるべきである。