南海日々新聞)人間は考えるボーデー(ダンチク)である
2008/09/28
奄美で出ている『南海日々新聞』に投稿した記事が 2008年9月12日に掲載されました。
原稿を掲載しておきます。
人間は考えるボーデーである――ダンチクの不思議な力を追って
安渓 遊地(あんけい・ゆうじ)
「人間は考えるアシである」――フランスの哲学者パスカルの言葉だ。ところが、これは誤訳で正しくは「考えるダンチク」、私の母方の郷里の加計呂麻島・西阿室の方言でいうなら「考えるボホ」と訳すべきだったのである。大野隼夫先生の『奄美群島植物方言集』(奄美文化財団)によれば、ボー、ブー、ブンといい、ボーデー、デーク、シチャミデーともいう、ススキと竹のあいのこのような水辺近くに生えるの植物である。私は、植物学を専攻する妻とともに、この一〇年余り、アシに似たこの植物のもつ不思議な力を追って島々を歩いている。
屋久島から西表島にいたる旅の結果をかいつまんで言えば、屋久島ではダチクといい、土葬のための穴の上に立てて魔除けとする。与論島ではデクといい、新しい家の敷地の四隅に建てて吉凶を占う。沖縄島では、デークと呼ぶ所が多いが、今帰仁の初穂迎えの神職の杖として用いられ、屋取(ヤードゥイ)といって新しい集落を建てる時、先導する女性神職がこれを杖にして歩き、杖がぴたりと動かなくなる場所に村を建てた。宮古島ではダディフといい、ナーパイという津波よけの祈願に際して、波打ち際に立てる。
西表島西部ではダード、ダドーといい、もと女性神職の葬儀に参列する現職の女性神職たちが、魔よけの杖として用いる。とくに私が注目しているのは、稲刈りの前に稲魂様がよく眠るように、音を立てることを禁止するきびしい謹慎のあと、女性神職が拝所での祈願のあと、村の四つ辻で、ダンチクで作った笛を吹いて、謹慎が明けたことを告げたことである。そのあと子ども達は、村中にこの笛の音を響かせたのだが、他の村々では、この笛を吹くことは、夏の子どもの遊びとしてだけ記憶されている。
昨年出版した『西表島の農耕文化――海上の道の発見』(法政大学出版局)の中で私は、小さな縦笛の音で、眠る稲魂様をやさしく呼び起こすという習俗が、古くは一四七七年の朝鮮・済州島民の与那国島への漂流記に登場することを指摘し、八重山以外の奄美・沖縄の島々でもダンチクの笛が吹かれたのではないか、と考えてみた。とくに、ダチクやデークなどの「ダ行」の方言名が多い中で、奄美ではブー、ボーなどの「バ行」の方言名があることに注目して、これらは吹き鳴らした時の音に由来する方言名ではあるまいかと想像をたくましくしたのであった。
この夏訪れた大和村の大和浜では、ダンチクをブフと呼び、子ども達が笛を作る材料のひとつだったということを教えられた。葉をはめて大きな音が出るように工夫したその音は、出征兵士を送るラッパの代用にもされたというが、その笛を「ブーブー」あるいは「ブーブーックヮ」と呼んだ。西表島の崎山村でもダンチクの笛は「ブーブー」と呼ばれていたので、私の予想は半分ほどは当たったと言えるかもしれない。欲を言えば、大和村やその周辺でも、ダンチクが目には見えない世界との交流の仲立ちをする力をもつものであったかどうか、そこが知りたいと思う。
筆者紹介
一九五一年生まれ。京都大学理学博士。人類学専攻。現在、山口県立大学国際文化学部教授。近著に民俗学の宮本常一氏との共著『調査されるという迷惑』(みずのわ出版)など。総合地球環境学研究所の「日本列島の人と自然の歴史プロジェクト」奄美・沖縄班世話人。筆者のブログhttp://ankei.jp
写真の説明
1. 大和村国直海岸のダンチク「ブフ」
2.左、西表島崎山村の「ダドーヌブーブー」
右、奄美大島大和村大和浜の「ブフヌブーブー」