上関)入会権裁判についての批判的検討
2007/12/28
島根県立大学の教授で、入会権の専門家である野村泰弘先生が、中尾英俊編集『環
境と入会』2号 (5,6頁の冊子で、関係者および入会研究者に小部数配布している
もの)に投稿された原稿を速報でお知らせします。
野村先生は、これをとりこんだ形での、より詳しい研究報告を執筆されています。
神社地(入会権)訴訟――山口県上関四代
島根県立大学 野村泰弘
1.はじめに――訴訟の概要
山口県上関町四代(しだい)の入会権訴訟には二つのものがある。一つは、前号に
おいて紹介したいわゆる共有地訴訟であり、もう一つがここに紹介する神社地訴訟(
①平成16年(ワ)第101号(所有権移転登記抹消登記手続等請求事件)・②平成17年
(ワ)第23号(入会権確認請求事件))である。
この神社地訴訟の係争地(以下「係争地」という。地目:山林、面積98,037㎡)は、
現在、中国電力の名義で登記されるに至っているが(平成16年10月7日付所有権移転
本登記)、それ以前は、神社(四代八幡宮)の境外地として登記されていたもので(
さらにそれ以前は集落内の有力者であったAの名が土地台帳の所有者欄に記載され、
その子B名義で所有権保存登記されていた)、上関原発の建設計画の中でも重要な場
所に位置し、この取得がなければ建設が困難とされていた土地である。
この係争地についても早くから買収が進められていたが、前宮司である林春彦宮司
はその売却に反対する姿勢をとったため、原発推進派にとって林宮司は目の上のたん
こぶ的な存在であり、そのため、最終的には神社本庁によって解任されることとなり
(これについては別訴として地位確認訴訟および損害賠償訴訟が提起されている)、
新宮司と責任役員によって売却が決定されたものである。
これに対して原告は、主位的に、本件係争地は便宜的に神社名義で登記されたもの
にすぎず、純然たる神社の所有地ではなく、実質的にはその氏子集団=四代入会集団
(かつての「四代組」の流れを汲む現在の「四代区」)の共有の性質を有する入会権
(民法263条)の存在する土地(=共有入会地)であるとして、その確認を求めると
ともに(②の請求)、中国電力へなされた移転登記は抹消されるべきであると主張し
て(①の請求)、また、予備的に、仮に、四代八幡宮の所有であるとしても、四代組
(四代区)を権利主体とする地役入会権が存在し、今日に至るまでこれを放棄した事
実はなく、消滅原因に当たる事実もない。したがって、共有の性質を有しない入会権
として個々の構成員が有する使用収益権に基づき、妨害排除請求をなしうる、と主張
して訴えの提起に至ったものである。
2.山口地岩国支判平成19年3月29日(※1)
【判旨】①②事件とも却下
(争点(1)(入会権者の一部の者による入会権を訴訟物とする訴えの提起が,適法
なものといえるか)について)
「入会権は,権利者である一定の集落住民に総有的に帰属するものであり,……入会
権者としての権利又は地位は,民法上の共有に係る共有持分権とは異なり,権利者に
よる自由な処分が許されないものであって,入会権者の一部の者が,入会権それ自体
の確認を求めることを是認することは,前記のような権利の性格に照らし許されない
ものと解すべきである。……管理行為をするための組織的な意思決定をする場合の具
体的な要件があらかじめ取り決められている等の特段の事情がない限り,入会権者全
員が訴訟提起をする場合に限って,当事者適格(訴えの利益)を肯定することが相当
であるところ,本件において,前記のような取決めがあるかどうか,原告ら3名が訴
え提起することが取決めの要件を満たしているかどうかについて,これを肯定できる
ような適確な証拠は提出されていない。……したがって,原告らの入会権に基づく妨
害排除等の請求や,入会権それ自体の確認請求は,権利者全員が共同してのみ提起し
うる固有必要的共同訴訟に該当するものと解するのが相当であり,……権利者の一部
の者のみによる訴えの提起は不適法なものと解するのが相当である。そうすると,本
件各訴えは,いずれも原告らが主張するところの入会権者の一部の者によってなされ
たものであることが明らかである以上,不適法なものとして却下を免れないものとい
うべきである。」
(原告らによる訴えの提起に同調しない者を被告としていることを理由に適法である
旨の主張について)
「本件には,原告らが引用する判例の射程は及ばないものと解すべきであり,原告ら
の主張は,採用できない。」
(争点(2)(入会権の確認を求める利益があるか)について)
「原告らが原告ら以外の入会権者であるとして主張している91名の相手方のうち83名
は,被告中国電力の訴訟代理人に訴訟委任したこと,原告らの各訴え提起に同調して,
原告ら代理人に訴訟委任をしたり,原告らの主張を援用する旨の主張等をした者が存
在しないことが明らかである。このような状況にあることを考慮すれば,原
告らが妨害排除等を求めることができるかどうかという点を判断するに当たっては,
原告らの主張事実が仮に真実であったとしても,原告らの妨害排除等請求が許容
されることによって得られる利益と原告らの妨害排除等請求を許容した場合に被告中
国電力あるいは被告中国電力と同一歩調を取る入会権者である被告らが失う利益を比
較衡量したとき,入会権者としての権利又は地位を行使することが許されるものとい
えるかどうかという,入会権が存在するかどうかとは別個の法律問題が存在すること
は明らかというべきであり,仮に入会権の存在自体が確認されたとしても,樹木の伐
採等の工事の差止めや,その他の被告中国電力による行為を中止すべきものかどうか
という法律問題が抜本的に解決されるとはいえない。そうすると,本件訴えのうち,
入会権の確認を求める部分については,確認の利益を欠くものとして,却下を免れな
いものといわざるを得ない。」(下線部筆者)
(※1)この判決は当初、平成19年3月29日に出される予定であったが、原告側が裁
判官忌避の申立を行ったために同年12月13日まで延期されることになったものである。
裁判官忌避の申し立てがなされたのは、ほとんど実質審理に入らないまま結審に至る
という展開をみせたため、このような裁判官の下では公平公正な判断が期待できない
として忌避に至ったものである。しかし結果としては、平成19年12月13日山口地裁岩
国支部において上記判決が当初の判決日のまま(裁判官も当時のまま)、言い渡され
たものである。
3.本判決の問題点
本判決は、入会権は総有的な権利であり、管理行為をするための組織的な意思決定
をする場合の具体的な要件があらかじめ取り決められている等の特段の事情がない限
り,入会権に基づく妨害排除等の請求や,入会権それ自体の確認請求は,権利者全員
が共同してのみ提起しうる固有必要的共同訴訟であるとして訴えを却下したもので、
最判昭和41年11月25日民集20巻1921頁および最判昭和57年7月1日民集36巻6号891頁の
判例理論上にあり、かつ、最判平成6年5月31日民集48巻4号1065頁の任意的訴訟担当
の考えを敷衍したものといえる。
なお、非同調者を被告にすることにより適法な訴えとなるという原告の主張を斥け
た点については、これを境界確定訴訟においてを認めた平成11年11月9日民集53巻8号
1421頁の千種判事の補足意見(非訟事件である境界確定訴訟ゆえに認められることで
ある)を前面に押し出して否定するもので、最近の入会訴訟ではこのように説諭する
ものが多い(たとえば現在米軍の離発着訓練場として名乗りを上げている鹿児島県の
馬毛島の入会訴訟である鹿児島地判平成17年4月12日〔判例集等未登載〕)。
注目されるのは、争点2に対する判示部分であり、本判決は本件においては、①入
会権が存在するかどうかという問題と、②入会権者としての地位又は権利の行使が許
されるか(妨害排除請求が認められるか)どうかという問題の二つがあるとし、この
ような状況にあること(原告3名に対して被告は91名で、そのうちの83名は中国電力
に訴訟委任していることを指すものと思われる)を考慮すれば、仮に真実入会権があ
るとしても(①の問題)、(妨害排除を認めた場合に原告の得られる利益と被告側の
失われる利益との)比較衡量によっては妨害排除請求が許されないとされる場合もあ
るのであるから(②の問題)、入会権の確認が認められたとしても②の問題の抜本的
な解決につながるものではないとして、入会権の確認を求める訴えについては確認の
利益もないとしているのである。
少し回りくどい表現だが、要は、入会権を認めても、それが直ちには妨害排除請求
を認めることにつながるものではないから(むしろ本件では否定的に考えられるから
こそ)、入会権の確認の利益もない、といっているのである。しかし、入会権に基づ
く妨害排除等が認められるかどうかは、入会権が確認されたうえで論じられるべきこ
とであって、妨害排除請求等が認められる可能性がないのだから入会権の確認を求め
る利益もないというのは、本末転倒ではなかろうか。うがってみれば、裁判官の頭の
中には、このように極めて少数の者(3名)が残りの91名と公共的事業を営む会社
を被告にしてなす妨害排除請求は認めがたいという結論が先にあり、その理由付けに
苦慮するあまり、逆算的に、確認の利益が認められないとしているのではないかと思
われる(権利の濫用という一般条項には頼りたくはないものの、「このような状況に
あることを考慮すれば」という文言からは、本音としては、権利の濫用に近い要求で
あるという主観が裁判官にはあったのではないかと思われる)。共有地訴訟の1審判
決では、入会権の確認請求は却下されたが、個々の入会権者が有する使用収益権に基
づき、立木の伐採や工事による現状変更の禁止を認めており、これを比べると大きな
違いといえる。
たしかに、本件訴えにおいては、妨害排除請求のために入会権の確認を求めたもの
ではあったが、入会権の確認を求めることはそれだけにとどまるものではなく、主位
的請求である共有入会権の確認を求めることは、係争地の売却が有効か無効か(入会
慣習に基づき入会権者全員の同意がなければ処分できないのか、それとも、神社固有
の土地としての手続によればいいのか)という問題にもつながるものである。したがっ
て、このような理由付けで確認の利益がないとするのは妥当性を欠くものと思われる。
これまでの判例を見ても、このような理由で入会権の確認を求める訴えの確認の利益
を否定し、訴えの却下という結論を導いたものはなかったように思われるが、共有地
訴訟の控訴審判決と同じく裁判官の主観が判決に色濃く反映されたもののように受け
止められる。(紙幅の関係で他の問題点についての検討は別の機会に譲る。なお、本
件については敗訴原告による控訴がなされた)
追記
なお、神社地の売却に最後まで反対された林春彦宮司が、本件の判決予定日に倒れ
られ、平成19年3月31日に帰らぬ人となった。宮司は、四代の環境を守るという信念
のもと、病気と闘いながら訴訟に身を置かれたもので、これまでのご功績に敬意を表
するとともに、ご冥福をお祈りしたい。