書評)合鴨ばんざい(農文協)古野隆雄著 RT @tiniasobu
2023/09/28
どこに掲載されたのだか定かではありませんが、パソコンの中から発掘されました。たぶん、1993年に書いています。鳥取県の大山のふもとの村で、はじめての稲作に取り組んで、世間がタイ米はいやだと騒いでいた寒さの夏もなんのその、めぐまれた暮らしを満喫していました。
合鴨ばんざい (農文協) 古野隆雄著
安渓遊地
https://www.amazon.co.jp/dp/4540920855
アイガモを実際に見たのは、去年の春だった。西表島の水田の稲の間を群をなして泳ぎまわり草を取る合鴨のひなたち。そのふわふわした愛らしい姿に時のたつのを忘れて見入っていた。
西表島で無農薬・無除草剤の稲作が始って優に五百年。その間、腰を屈め、指から血を流しながら田草を取り続けてきた農民たちに強力な助っ人が現れたのだ。それは、九州を震源地に全国に広がる勢いをみせている合鴨水稲同時作の沖縄でのスタートの場面でもあった。
ブームの火つけ人のひとりの古野隆雄さんは、合鴨は単なる除草剤の替りではない、と言い切る。虫を食べ、草を食べ、それを田んぼの養分に変える。そしてなにより、農という営みが愉快で楽しいものに変身してしまう。これは長い間押さえつけられてきた百姓たちがしかける「合鴨一揆」なのだ。
自ら「一揆首謀者」を名乗る古野さんが全国のお百姓さんに向けて書いた本が出た。雑誌『現代農業』に連載した記事をまとめたもので、図や写真が多く、具体的でわかりやすい。そして、何より「仕事自体が楽しいのですからどうしようもなく極楽農法です」という古野さんのわくわくぶりが伝わってくる。これは町に住む人間も読むべき本だと思う。食の安全や農の未来は農民やお役人だけの問題ではないのだから。
最近、山口大学で合鴨水稲同時作の普及をすすめるためのシンポジウムが開かれた。招かれた古野さんは、四十台前半の若々しい姿だった。古野さんは、まず「けさ、五時に起きてダイコンの種をまいてから、ここへ来ました」と言いはなった。そこには土に生きる、なんでもこなせる本当の意味での「百姓」としての自信が輝いていた。
おそらく日本で一番広い面積の合鴨水稲同時作に取り組んでいる西表島の那良伊孫一さんらは、古野さんとは別の問題につきあたっている。イリオモテヤマネコが合鴨をくわえていくのだ。去年入れた七百羽のうち三五〇羽がヤマネコのお腹におさまった。七月に収穫される美味しい島米の伝統を守り、無農薬米の生産と産直(申込先09808ー5ー6302)を通してヤマネコも人も共に安心して暮せる西表島をめざす那良伊さんたちは、自分たちで卵をかえそうと、環境庁などとも連絡をとりながら孵卵器の導入をすすめているという。
古野さんや那良伊さんのこの元気。それは、長年手で草取りをして完全無農薬の農業をするという苦労、大切な合鴨を何度も全滅させるという悲しみを乗り越えて得られたものだ。古野さんが朝日新聞の筑豊版に連載した記事をまとめた小冊子『命ふれあい』(残念ながら非売品)を読むと、それがよくわかる。
「大地を耕して食べ物を作るということが人間にとってもっとも大切な仕事だという平凡な真実を忘れてはならないと思う」という古野さんの言葉を軽く聞き流してはならない。
(山口大学教員)