上山満之進研究)1935年上山満之進の支援による台湾原住民族に関する大著の発行を知らせる新聞記事など
2015/12/25
訂正)台湾日日新聞 と 神戸大学図書館の画像にはありますが、台湾日日新報が正しいと、台湾大学図書館特蔵組の 林さんに教えていただきました。(2015年12月26日)
このたび、防府市の有志を中心として、上山満之進研究会がたちあがりました。
山口県立大学の井竿富雄教授(政治史)と安渓遊地(地域学)が参加して共同研究を実施中です。
上山満之進について、研究会代表の児玉識(しき)先生の著作ももうすぐ出ることですから、その冒頭から少しだけ紹介しておきましょう。
今なぜ上山か
上山満之進(かみやまみつのしん)といっても、明治初年に生まれ、昭和初期に亡くなったこの政治家の名を知っている人は、現在、山口県内でも多くはありません。これは、八人の総理大臣をはじめとして、幾多の有名政治家を輩出したこの県であってみれば当然のことかもしれません。というのも、上山は一度も大臣経験をしたこともなかったし、教科書に名が載るほどの大事業をすることもなかったのですから。
それでも、近年、一部の人びとのあいだで、この人物の果たした役割を再評価しようとする動きがあるのも事実です。それは、上山が恵まれた学識、経歴、行動力をもち、その気になって長州閥のバスに乗れば容易に出世出来る身でありながら、敢えてそのコースを選ばず、清貧に甘んじ、自らの信念に生きた、たぐいまれな気骨ある人物であったことから、政治不信が充満している今こそ、この政治家の生きざまにスポットを当て、そこから政治家のあるべき姿勢を考えてみたいという気運が高まっているからでしょう。私も同様に、上山の清廉にして剛直な生き方に魅力を感じ、その研究の必要性をしばしば強調してきた一人です。ただ私の場合、最初に上山に強く心をひかれたのは、それとは別の次元からのことでした。
それはどういうことからだったか、
以下にそれを記すことによって序文にかえさせていただきましょう。それによって、上山の若い時分からの学問観、社会観の一端を知っていただくことが出来ると思いますので。(児玉先生の原稿からの引用終わり、本が出るのをお楽しみに)
さて、人類学史における金字塔といわれる著作が1935年に発行されます。それを報じる当時の新聞と研究が進行中だという記事などを紹介しましょう。
短いのは、朝日新聞です(嘉義市の陳澄波基金会提供)。1933年10月15日のもので、上山満之進の生の声が収録されています。彼の学者の研究に対する謙虚さがよく現れていると思われます。
芝区高輪南町の自邸で上山氏は語る
折角贈られたので私用には使いたくないと大部分を台北帝大に寄付したのだ、蛮人の調査項目を沢山あげこの中の重なるものを研究してくれる様頼んで今度高砂族の系統、言語の二大著述となるわけだ、原稿を読んでみたが私にはわからぬ所もあったけれど幣原総長の話では調査がいゝときに徹底的になされたさうで世界で最初の研究でうれしいことだ
やや長文ふたつは、いよいよ大著がまとまるという時期の台湾日日新聞で、画像および本文は、神戸大学図書館のサイトにあります。文中下線を引いたのは、もとのサイトで不明とされた文字や、読み誤りと思われるものを安渓遊地が解読や修正を試みたものです。
データ作成:2008.4 神戸大学附属図書館 新聞記事文庫 人種問題(2-129)
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10014516&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1
台湾日日新報(新聞) 1935.3.3(昭和10)
上山氏の奨励金に依る高砂族の研究完成
台北帝大の研究室の手で東京刀江書院から出版
昭和五年上山元総営は台北帝大へ高砂族研究資金として一万三千余円を贈り奨励する所あったが、帝大に於ては直ちに文政学部土俗人種学及び言語学の両研究室員を以て研究スタッフを編成屡々調査員を蕃界に派し資料の蒐集に努め、昭和七年夏ほぼ実地踏査を終えたので爾来係員は尨大なる資料に埋もれながら整理起稿に著手していたが、此程千二百六十頁の大冊となって完成、近く東京刀江書院より刊行される事となった、即ち本研究は全三冊に分れ、土俗人種学の分は内二冊「高砂族の系統及び所属の研究」であって本篇五百頁資料篇二百六十頁、高砂族の系図分類及びその移動を究明したものであり、言語学の分は「高砂族伝説集」で五百頁、高砂族の伝説を蕃語日本語対訳で収め音標文字による発音を附し字句の解釈を
施しているが、本島に立脚した独自の研究として異彩を放つ収穫であろう、因みにこのアルバイトの関係執筆者は左の通りである
土俗人種学教室 移川教授、宮本助手、馬淵副手
言語学教室 小川教授、浅井大阪外語教授
データ作成:2008.4 神戸大学附属図書館 新聞記事文庫 人種問題(2-132)
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10014669&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1
台湾日日新報(新聞) 1935.4.21(昭和10)
辛苦と努力の結晶『高砂族の研究』成る
二部三冊出版さる
昭和五年初夏、上山元総督が退職に臨み惜別記念の資として三万余円を台北帝大に寄せ、高砂族の言語、伝説、土俗、人種等の調査攻究を委嘱した事は、好学の上山氏の人格発露として当時台北帝大を感激せしめたが、爾来年を経る事四星霜この間嘱を受けた帝大では
言語方面 小川教授、浅井大阪外国教授
土俗方面 移川教授、宮本助手、馬淵副手
の研究スタッフを編成、担当員は時には発熱四十度を冒し又は案内蕃人が逃げ腰となる様な危険を冒しての実地踏査を行いかくて蒐集山積した夥しい貴重な資料を整理し漸く成稿を得、先程二部三冊四六倍判千四百頁の浩瀚なる努力の結晶が刀江書院より出版さるるに至った
即ち本篇第一冊は
高砂族の系統所属の研究で「台湾高砂族系統の研究」と題し五六〇頁、各蕃族の起原、系統、移動から氏族制度、蕃社組織等の社会組織まで極めて詳密に論究し、別冊資料篇として系統分布図四葉、蕃社系統表三百九表を収め
第二冊は
高砂族の伝説を原語のまま万国発音語号を用ゐて表記し、訳文、註解、語法、概説を加えたもので「原語による台湾高砂族伝説集」なる題名を附し本文七八三頁附録単語表五五頁となっている
兔もあれ全篇台湾住民たる高砂族の研究としては、正にその独創さと正鴻さに於て広く海外学界の注目を惹く収穫と云われ上山氏の期待にも副うものであろう(写真はその出版物)
この記事の三万円は 一万三〇〇〇円の誤りであろうと思われます。
研究開始にさかのぼって研究奨励金を贈ることについての漢文台湾日日新報の記事もあります。ここには、上山が餞別として台湾の公務員から贈られた13000円のうち、1000円を使って陳澄波に絵を描いてもらうことにしたが、もし原住民族の研究の経費に余裕がないようなら、絵の代金は私費で払うからと述べたと書かれています。すなわち、学術研究および出版についての上山満之進の寄付金は、幣原学長からの積算に応じて、12000円と13000円の間とされた、ということがわかります。また、依頼があったとき、陳澄波は上海の美術学校で教鞭をとっており、上山の委嘱により台湾へスケッチに帰ることになったこともわかります。(以下のテキストは、台湾嘉義市にある陳澄波基金会提供)
上山前總督記念金 為研究高砂族 決定全部提供
歴代臺灣總督。退任離臺之時。由全島官民有志。為酬總督統治臺灣業績意味。並為永久紀念。贈呈金一封。是其前例。各總督。皆以之留在臺灣。設立財團。本其意思。為學資補助體育獎勵内臺融合等公共事業。有利利用之。而前總督上山滿之進氏退任之時。亦由官民有志。贈呈紀念金一萬三千圓。由同氏發送對此之感謝状之事。記憶尚新。但氏自受贈該紀念金以來。對如何使用。為臺灣有效。夙在考慮中。至數月前。其使用方法。始見決定。通知臺北帝大總長幣原坦囑為使用該金。其方法。為向來之刊行物中。臺灣蕃界事情。尚未詳細。臺灣建設最高學府帝國大學之今日。尚如此。為臺灣文化。實屬遺憾也。爰欲於此時。精細査此研究。將其材料。印刷為刊行物於臺灣文化史上。最有意義。乃囑臺北帝大各專門家。
調査蕃界事情。使之研究。
而其費用。則欲將該紀念金。全部提供。對此。幣原總長。受上山總督好意。製成□此調査要目竝豫算書。於日前送往上山總督之手。依此
。該紀念金。殆全部使用。分蕃界即高砂族歴史。傳統習慣。言語。傳説。土俗等諸部門。按至昭和八年三月完成。屆期為刊行物發表之時。與向來紀念基金。全然相異。為不滅之紀念物。自勿待言。且可為後世臺灣文化史研究者參考。右紀念事業外。上山前總督。為自己將來之記憶。及後世子孫之記念。欲繪畫臺灣風景。掲在自己居室。此等費用。由記念金中支出。然若為蕃界調査費。已無餘裕之時。則欲以私財行之。金額按一千圓。詮(銓)衡結果。決依囑本島洋畫家陳澄波氏。風景場所。候補地數箇所之中。決定描寫東海岸之達奇利海岸世界的大斷崖。陳氏目下在上海美術學校。執教鞭。引為光榮快諾。不遠將歸臺。檢分描寫地之實地云云。
─《漢文台灣日日新報》第4版,1930.10.16
追記1:この本は、防府市立防府図書館内の上山文庫に、上山満之進自身が寄贈した原本があり閲覧できます。また
国会図書館内でデジタル画像として閲覧できます。http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3438543
扉のページが、他の本とともに、台南大学のサイトにあります。 http://140.133.9.114/digital_book/metadata.php?msg=digital_book&sn=91&search_name=&num_count=
追記2:國分直一先生による、わが国の人類学史の貴重な証言「高砂族系統所属の研究のころ」というビデオが、以下でごらんいただけます。
https://www.youtube.com/watch?v=cjCchhGhSRI
追記3:なお、神戸大学新聞記事文庫 http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/SearchServlet
で検索すると、上山満之進 に関する記事は、157本が収録されています。
掲載責任者 安渓遊地