書評)宮本・安渓『調査されるという迷惑』非常に刺激的な本だと書いていただいています_#MiyamotoTsuneichi__RT_@tiniasobu
2015/05/12
2020年12月8日 阿部和也の人生のまとめブログ リンク切れを修正しました。
医療の現場におられる方が、読書と思索を毎日ブログに綴っておられます。そのなかで、宮本常一先生との共著の形で発表させていただいた『調査されるという迷惑』が4回にわたって取り上げられていました。
4回目のおわりの方に「安渓は自分の生きられるようにしか生きていないのだと思う。」という言葉があり、「みんなちがってみんな変」を生きている在日アフリカ人として、にんまりしてしまいました。
御本人のお許しがでましたので、以下に貼り付けさせていただきます。引用文は、もとのブログでは字下げで示されていますが、このブログでは下線によってしめします。
阿部和也の人生のまとめブログ
http://cazz.blog.jp/
2015年02月05日(木)から08日(日)まで4回にわたって、毎日掲載していただきました。
http://cazz.blog.jp/archives/10948922.html
◎宮本、安渓『調査されるという迷惑』(1)
宮本常一、安渓遊地(あんけい・ゆうじ)『調査されるという迷惑―フィールドに出る前に読んでおく本』(みずのわ出版)を読了した。著者が「ブックレット」と呼ぶように100ページ強の薄い本だが、非常に刺激的な本だった。
宮本は高名な民俗学者である。1907年に生まれ、小学校の教員になったが1939年に退職してフィールドワーク中心の生活に身を投じた。1965年に武蔵野美術大学の教授に就任するまで、在野の民俗学者として日本全国を歩いた。安渓は1951年の生まれで京都大学の学生だった頃からフィールドワークにのめり込み、人類学の研究室に所属して各地を調査して回った。現在は山口県立大学の国際文化学部教授で地域共生の授業を担当しているが、西表島で稲作に深く関わった経験から、自らも水田で無農薬無除草剤の米を作るなど、「研究者」の枠からはみ出た人のようだ。
本書は、その題名の示す通り、「調査」がどれだけ対象者に良くない影響を与えるかを論じた本である。調査するという行為に内在する問題もあり、調査者のマナー低下に帰すべき問題もある。第1章は『調査地被害―される側のさまざまな迷惑』で、宮本の論考を再録したものだ。安渓の恩師に当たる宮本が、さまざまな実例を挙げている。
学術調査をおこなう側に優越感があったり、先入観があったりすることで相手に迷惑をかけることがあるが、調査に熱心すぎても迷惑になることがある。
ところがなかには、古老が問いつめられて、答えようのなくなっているのに、「こうだろう、ああだろう」としつこく聞いているフォルクロリストもあったようで、「あれでは人文科学ではなくて訊問科学だ」といっていた人もあった。
私はそういう人が調査を行なった直後を歩いたことがあったが、私が話を聞きにゆくと「私のようなばか者はとても話ができんから」といってことわられたこともたびたびあった。調査されるということが、よほど身にこたえたらしい。しかし話しているうちに私の立場をわかってくれて、いろいろ教えてくれた人もあったが、なかにはとりつくしまのない場合もあった。(18ページ)
調査者の期待に沿おうと、話を創作してしまう場合や、調査者の質問を予想し、あらかじめ答えを用意しておく場合もある。テレビで郷土芸能が放送されるとき、たいてい由緒の解説がついているが、ほとんどがいい加減なのだそうだ。由緒をつけないと取材者が納得しないので、無理をしてつけるのだ。極端な例としては、調査される苦痛から逃れるため、あるいは調査されるのは時代遅れだからではないかと不安になって、生活を変えてしまう場合もあるらしいという。
それだけならまだよい、今度は文部省から調べに来たという。これも若者組や若者宿があるからで、若者宿をやめたら調査にも来なくなるだろうということになって、若者宿をやめた村があるということを、その地方を歩いてきた人から聞いたが、真偽のほどはわからない。しかし私には、それが事実のことのように思えた。(19ページ)
私の身近な事例に当てはめれば、被災地の取材をおこなう場合やその取材結果を読む場合にも、これらのことを念頭に置かねばならないということだろう。調査が対象者に必然的に影響を与えるという問題は、量子力学の分野で不確定性理論の基になっている「素粒子に影響を与えず観測することはできない」という事実に通じるものがあるように思える。
◎コメント:2015年05月11日(月) 21:31 by 安渓 遊地
はみだし おやじ です(^^)。
とりあげていただき、たいへん光栄です。
量子力学での観測とフィールドワークの例えは、私もときどきそう思います。
最近は、プールに板きれを投げ込むと 水と板は、いっしょに上下にゆれるとか、たての糸が地域でよこの糸は大学生とか そんな例えもいいかもとおもったりしています。
◎宮本、安渓『調査されるという迷惑』(2)
本書は、これまでに公開された宮本、安渓の文章を再録する形で編纂されている。第2章『される側の声―聞き書き・調査地被害』は学会誌「民族学研究」に掲載したものを改変して再録している。
この章は安渓が調査で知り合い、親しくなり、信頼も勝ち得た調査対象者から投げかけられた「被害者の言葉」を聞き書きの形で紹介している。
私も、最近、日本のある島で自分の研究のありかた――というより生き方そのもの、といった方が正確だろう――について激しく叱られるという経験をもった、そのであいのもたらした衝撃を「聞き書き」という形でフィールド・ワークに関心を寄せる皆さんにもお届けしたい。[中略]
人間が人間を「調査する」ことが生み出す悲しい現実。そのわびしい風景と、そのかなたにあるものについて、これからフィールド・ワークをめざす方々に少しでも認識を深めていただくことを願って、あえて筆をとった。(36ページから37ページ)
ここで著者が「叱られる」言葉を読むと、いかに非常識な研究者が多いか、いかに研究者が自分の研究を高く評価し、調査対象を見下しているかがわかる。他人の家にずかずかと入り込み断りもなく写真を撮る者、貴重な資料を借りたまま返さない者、祭りの最中に平気で神聖な場所に踏み込む者、自分の望む答えが出ないと相手の話を遮って詰問する者、さまざまな「無礼者」が次から次へと現れるので、胸苦しくなる。
これを読んでいるときは、大学人の質の悪さを思い起こし、暗澹とするとともに、大学教育に内在している「学問至上主義」とでもいうようなものを、どのようにすれば排除していけるのかをいろいろ考えた。ところが、少し経って振り返ったときに、この調査者と対象者の関係は、そのまま医師と患者の関係に置き換えられるのではないかと気づいた。
医師の問診は調査である。医師が質問し、患者が(医師から見て)見当違いのことを話し始めたときに、患者を遮って「いや、それはどうでもいいので、質問に答えなさい」(45ページ)のような物言いをする医師がいるのではないだろうか。患者の立場に立てば、心の準備も必要だし、初めから話さないと事情がわかってもらえないと思っているかもしれない。それを無視する医師は多いのではないだろうか。そのような態度を、今までは個人の資質と思っていたが、もしかしたら大学の場で医学教育をすること自体に原因の一部があるのではないかと疑いはじめた。
医療の現場では患者の「物語」を大切にしようという「ナラティブ・ベースド・メディシン」(あるいは「ナラティブ・メディシン」とも言い、「物語に基づく医療」の意。以下NBM)が一部に取り入れられはじめている。一部の大学には専門家がいるようだが、NBMを必要とし、NBMの実践が充実するのは、何と言っても市中病院や診療所だろう。診療所では、医師と患者のコミュニケーションが深まりやすいが、市中病院では医師と患者の距離が遠いことが多く、コミュニケーションも失われがちだ。大学で身についたアカデミズムを洗い流すくらいのつもりで患者との関わりを真剣に見直すような教育体制が市中病院に必要だと強く思う。
◎宮本、安渓『調査されるという迷惑』(3)
本書の第7章は『「研究成果の還元」はどこまで可能か』という安渓の文章で、これは日本民族学会(現日本文化人類学会)の会員へのアンケートを研究倫理委員会の委員がまとめた文書の一部である。もちろん安渓は委員の一人である。
研究成果を発表して、被調査地域の人びとがそれを読んだ場合、相手に迷惑がかかる場合がある。
1972年ごろ、日本のある研究者が民族学関係のある雑誌に韓国の旅行記風の随筆を書いた。その中で、韓国における中央情報部と研究者の緊張関係が暴露風に記されていたことが問題となり、執筆者と無関係の日本人若手研究者が韓国の文化人類学会の理事会に呼ばれ、日本人の研究姿勢等について詰問されるという事件が起った。随筆を書いた時、問題になるとは思わなかった、ということであろうが、深い考えもなく書いたものが日本人研究者全体への不信にまで発展しかねなかった例である。(100ページから101ページ)
専門性の高い学会誌への投稿だから一般の人は読まないだろうとか、少部数の同人誌だから読む人は限られているだろうなどと都合の良い判断をしても、それがその通りになるかどうかはわからない。
私は、コンゴ民主(旧ザイール)共和国の田舎の村々の調査を何度かやり、この結果を主として日本語と英語で報告し、一部はフランス語とスワヒリ語で書いてきた。それらの村出身の一青年が文部省の給費留学生として日本にやってきて、日本の大学で修士号と博士号をとった。多様な言語を駆使して国際機関で働く彼は私の書いた報告や随筆をすべて理解し、批判できるだけの日本語力を身につけている。「何語でどこそこに書いたから村人の目には絶対ふれないだろう」となどという考えは、もはや通用しなくなってきているのである。[原文のまま](102ページ)
このブログで私は自分の立場や勤務先を明らかにしていないが、その気になって調べれば私が誰であるかは容易に突き止めることができる。特に私の身近にいる人は、このブログを読めば容易に筆者が推定できる。実際、複数の人から、このブログの主が私であるかどうかを直接確認された。だから私はこのブログが私の周囲の人たちに読まれることを前提として書いている。
このブログで日常の話題を取り上げることがある。ときには取り上げた相手を批判もする。どんな話題を書くにせよ、大切なのは相手に面と向かって言えることを書くということだろうと私は思っている。さらに、その根底には相手に対する愛がなければならない。私のことだから、思い違いもあれば、感情に流されることもある。そのようなことを指摘するコメントをいただいたこともある。しかし相手を思い遣る気持ちがあれば、私の批判が厳しくても受け入れられる余地ができるだろうし、私の思い違いによる見当違いの批判であっても、訂正していただける気持ちを持ってもらえるのではないかと思う。
どのような心構えでどのような内容の文章を書くかというのは、メディアリテラシーの一部である。今後、インターネット内の検索機能が向上するに従い、自分の書いた文章がより多くの人の目に触れるようになる。自分で公開しなくても引用で公開されることも充分ありうる。また「ネットでは匿名」と決め込んでいる輩がいるようだが、匿名投稿者が誰であるのか瞬時に突き止められる日も来るかもしれない。新しい次元のメディアリテラシーが必要になるだろう。
◎宮本、安渓『調査されるという迷惑』(4)
安渓はフィールドワークを熱心におこなう中で、引き裂かれていった。被調査者から自然な情報を得るためには、彼らの仲間にならなくてはならない。そうなると、どうしても被調査地域の暮らしや被調査者の個人的事情に深く関わることになる。たとえば被調査地域を食い物にしようという組織や企業が現れた場合は、座視していることができない。また、文化や伝統を誰より多く知っている者になってしまう場合には、伝統の継承を援助しなければならないこともある。非常に貴重な情報でも、それを公開することで被調査者に個人的不利益が及ぶようなら、公開を諦めねばならない。しかし、そのようなあり方では客観的な研究ができない。
彼は「研究者やめますか、それとも人間やめますか」というのに近いことを言われ続けている(108ページ)。
そして研究の方は、論文をまとめるのが遅くなるなど、比重が少しずつ低下している。それに対して、生活の面では西表の無農薬米の営業を引き受けるなど、被調査地域の一員としての活動を受け持つようになった。安渓は自分の生きられるようにしか生きていないのだと思う。ある意味で理想を追い求めているとも言える。だが、彼の理想は思考から生まれたものではなく、現実の活動の中から立ち上がってきたものであるから強い。
彼は理想だけ言っても始まらないことがよくわかっている。どのようにして理想と現実を折り合わせていくのか、現実を変えていくかの戦略を模索している。
振り返って自分自身を省みると、理想論だけを振りかざしていることがあることに気付く。現実をよく知ると、理想論を振りかざした自分が滑稽に見えることもある。
ずいぶん前のことになるが、電子カルテで扱うすべての病名を登録した「病名マスタ」に無い病名が、医師国家試験の問題に現れたり、薬剤の能書に現れたりするのを、同じ厚生労働省管轄であるのにおかしいと噛み付いたことがある。ところが、話を聞いてみると、同じ病気でも学会が違うと別の病名を使っていたり、場合によっては同じ科でも大学が違うと病名が違うということさえある。医師にそっぽを向かれては電子化が実現できない現状では、いっぺんに解決することが難しいと説明された。現在の「病名マスタ」には私が使ったことのない病名や、類似の疾患を表す病名が多数入っている。これが「病名マスタ」作成者の努力の結果なのだ。
最近はこんな話を聞いた。某病院で電子カルテを入れた。使ってみると使い勝手が悪い部分が多い。電子化に熱心な医師がいて、いろいろな対策を考え、ぜひ改良に参加したいと申し出た。ところが病院の事務方が積極的に動いてくれない。医師がいくら改良のアイディアをベンダに伝えて欲しいと言っても、伝えている気配がない。医師の方も当初はうるさく言ったが、現在では半分諦めている。実は、ベンダ側ではユーザ会を作り、ユーザの要望を吸い上げて改善に生かす体制を整備している。ただし、ユーザ会の主要メンバははすでに固まっており、正直なところ、そこに新規参入したメンバがあまり活発に活動することを好まない。そこで病院の事務方にできるだけ参加を遠慮して欲しいと伝えていたのだ。
理想論だけでは世の中は動かない。しかし理想論が必要なことは間違いない。その理想論を目印として方向を定め、またエネルギーにもして進むのだから。
以上、引用は安渓遊地でした。