歴史学研究会の声明)政府首脳と一部マスメディアによる日本軍「慰安婦」問題についての 不当な見解を批判する
2014/11/14
歴史学研究会 の声明をシェアします。1932年創立の筋金入りの会です。
http://rekiken.jp/appeals/appeal20141015.html から引用します。
声明 政府首脳と一部マスメディアによる日本軍「慰安婦」問題についての
不当な見解を批判する
2014年8月5日・6日、『朝日新聞』は「慰安婦問題を考える」という検証記事を
掲載し、吉田清治氏の証言にもとづく日本軍「慰安婦」の強制連行関 連の記事を取
り消した。一部の政治家やマスメディアの間では、この『朝日新聞』の記事取り消し
によって、あたかも日本軍「慰安婦」の強制連行の事実が根拠 を失い、場合によっ
ては、日本軍「慰安婦」に対する暴力の事実全般が否定されたかのような言動が相次
いでいる。とりわけ、安倍晋三首相をはじめとする政府 の首脳からそうした主張が
なされていることは、憂慮に堪えない。
歴史学研究会は、昨年12月15日に、日本史研究会との合同シンポジウム「「慰安
婦」問題を/から考える――軍事性暴力の世界史と日常世界」を開催す るなど、日
本軍「慰安婦」問題について、歴史研究者の立場から検討を重ねてきた。そうした立
場から、この間の「慰安婦」問題に関する不当な見解に対し、以 下の5つの問題を
指摘したい。
第一に、『朝日新聞』の「誤報」によって、「日本のイメージは大きく傷ついた。
日本が国ぐるみで「性奴隷」にしたと、いわれなき中傷が世界で行われて いるのも
事実だ」(10月3日の衆議院予算委員会)とする安倍首相の認識は、「慰安婦」の強
制連行について、日本軍の関与を認めた河野談話を継承するとい う政策方針と矛盾
している。また、すでに首相自身も認めているように、河野談話は吉田証言を根拠に
して作成されたものでないことは明らかであり、今回の 『朝日新聞』の記事取り消
しによって、河野談話の根拠が崩れたことにはならない。河野談話をかかげつつ、そ
の実質を骨抜きにしようとする行為は、国内外の 人々を愚弄するものであり、加害
の事実に真摯に向き合うことを求める東アジア諸国との緊張を、さらに高めるものと
言わなければならない。
第二に、吉田証言の真偽にかかわらず、日本軍の関与のもとに強制連行された「
慰安婦」が存在したことは明らかである。吉田証言の内容については、90 年代の段
階ですでに歴史研究者の間で矛盾が指摘されており、日本軍が関与した「慰安婦」の
強制連行の事例については、同証言以外の史料に基づく研究が幅広 く進められてき
た。ここでいう強制連行は、安倍首相の言う「家に乗り込んでいって強引に連れて行っ
た」(2006年10月6日、衆議院予算委員会)ケース (①)に限定されるべきものでは
ない。甘言や詐欺、脅迫、人身売買をともなう、本人の意思に反した連行(②)も含
めて、強制連行と見なすべきである。①に ついては、インドネシアのスマランや中
国の山西省における事例などがすでに明らかになっており、朝鮮半島でも被害者の証
言が多数存在する。②については、 朝鮮半島をはじめ、広域にわたって行われたこ
とが明らかになっており、その暴力性について疑問をはさむ余地はない。これらの研
究成果に照らすなら、吉田証 言の内容の真偽にかかわらず、日本軍が「慰安婦」の
強制連行に深く関与し、実行したことは、揺るぎない事実である。
第三に、日本軍「慰安婦」問題で忘れてはならないのは、強制連行の事実だけで
はなく、「慰安婦」とされた女性たちが性奴隷として筆舌に尽くしがたい暴 力を受
けたことである。近年の歴史研究では、動員過程の強制性のみならず、動員された後、
居住・外出・廃業のいずれの自由も与えられず、性の相手を拒否す る自由も与えら
れていない、まさしく性奴隷の状態に置かれていたことが明らかにされている。「慰
安婦」の動員過程の強制性が問題であることはもちろんであ るが、性奴隷として人
権を蹂躙された事実が問題であることが、重ねて強調されなければならない。強制連
行に関わる一証言の信憑性の否定によって、問題全体 が否定されるようなことは断
じてあってはならない。
第四に、近年の歴史研究で明らかになってきたのは、そうした日本軍「慰安婦」
に対する直接的な暴力だけではなく、「慰安婦」制度と日常的な植民地支 配、差別
構造との連関性である。性売買の契約に「合意」する場合があったとしても、その「
合意」の背後にある不平等で不公正な構造の問題こそが問われなけ ればならない。
日常的に階級差別や民族差別、ジェンダー不平等を再生産する政治的・社会的背景を
抜きにして、直接的な暴力の有無のみに焦点を絞ることは、 問題の全体像から目を
背けることに他ならない。
第五に、一部のマスメディアによる『朝日新聞』記事の報じ方とその悪影響も看
過できない。すなわち、「誤報」という点のみをことさらに強調した報道に よって、
『朝日新聞』などへのバッシングが煽られ、一層拡大することとなった。そうした中
で、「慰安婦」問題と関わる大学教員にも不当な攻撃が及んでい る。北星学園大学
や帝塚山学院大学の事例に見られるように、個人への誹謗中傷はもとより、所属機関
を脅迫して解雇させようとする暴挙が発生している。これ は明らかに学問の自由の
侵害であり、断固として対抗すべきであることを強調したい。
以上のように、日本軍「慰安婦」問題に関しての政府首脳や一部マスメディアの
問題性は多岐にわたる。安倍首相は、「客観的な事実に基づく正しい歴史認 識が形
成され、日本の取り組みが国際社会から正当な評価を受けることを求めていく」(20
14年10月3日、衆議院予算委員会)としている。ここでいう 「客観的な事実」や「正
しい歴史認識」を首相の見解のとおりに理解するならば、真相究明から目をそらしつ
づける日本政府の無責任な姿勢を、国際的に発信す る愚を犯すことになるであろう。
また、何よりもこうした姿勢が、過酷な被害に遭った日本軍性奴隷制度の被害者の尊
厳を、さらに蹂躙するものであることに注 意する必要がある。安倍政権に対し、過
去の加害の事実と真摯に向き合い、被害者に対する誠実な対応をとることを求めるも
のである。
2014年10月15日
歴史学研究会委員会