それでもいま希望を語る )2011年3月11日以後を生きるためにというエッセーを書きました RT @tiniasobu #genpatsu #hope #chernobyl #saami
2011/03/25
改訂:3/28 ナウシカの言葉 を正確な引用に。
リクビダートルの映像へのリンクを追加。(pdfは古いままです)
この文章は、2011年3月末発行予定の広島KJ法研究会発行『地平線』最終号への
投稿記事に追記したものです。pdfでも添付します。
パニックにならず、今の持ち場がある人はそれを守っていきましょう、という自分
への励ましの気持ちで書きました。
それでもいま希望を語る―2011年3月11日以後を生きるために
安渓遊地・安渓貴
子
2011年3月11日14時46分、大きな地震がおこり、巨大な津波が東北地方の東海岸に
打ち寄せた。亡くなられた犠牲者は、まだその数もわからない現状だが、心から哀悼
の気持ちをささげたい。
その後進行中の福島第一原発での過酷事故について、政府や電力会社は、想定外の
大地震によるものと繰り返している。外部電源喪失から炉心溶融に至るシナリオは、
いろいろな識者によって早くから指摘されてきたものであり、推進する人たちが、そ
れに目をつぶって国民をだましてきただけだといえよう。
「地震は止められないが原発は止められる」という浜岡原発を止めるためのスロー
ガンや、「フクロウの会」という愛称をもつ「福島老朽原発を考える会」
http://fukurou.txt-nifty.com/fukurou/
の活動など、さまざまな活動があるのだが、これらが大手メディアに取り上げられる
ことはなかった。地域ごとに電力供給を独占する体制のなか、電力業界がメディアを
「金(かね)しばり」にしてきたためである。そして、現在もテレビで「影響は軽微」
などと言い続けている御用学者たちが力を貸して作ってきた原発安全神話が崩れるの
を目の当たりにし、正確な情報が迅速に出されない中で判断に迷う人たちも多い。
最悪を予想するものは、決して失望しないという。
福島の原発の外部電源がすべて喪失したというニュースを聞いた段階で、事故の収
束を心から祈りつつも、私たちはチェルノブイリ級を越える事故を予想した。その結
果は、ドイツ政府が1990年代始めに国民に公表した原発事故のシミュレーションのよ
うに、周囲200キロは住むことができない場所となり、経済的損失により国家そのも
のが死に瀕するという内容となっている。
http://www.youtube.com/watch?v=Tl-FVTsUorA
私たちが住む山口では、人々は、まるで何もなかったかのように日常を送っている
のだが、いち早く韓国・ギリシャ・ベルギー・スペイン・台湾などの友人たちからお
見舞いのメールや問い合わせの電話が届いた。ドイツ政府のシミュレーションにもな
かったいくつもの原発の「事象」が進み、使用済み燃料プールの沸騰や、プルトニウ
ム入りの燃料飛散の予測が現実化する中で、心配で問い合わせてくる若者たちも増え
てきた。
卒業生のKさんからは、福岡市から次のようなメールがきた。
「子どもが2歳になります。子どものことを思うと、沖縄の友人のところか、タイ
に住む弟のところに避難すべきなのか、非常に悩んでいます。いまは、仕事や住居を
一度捨てて、決断すべき時なのでしょうか?」
私たちは、出張先の沖縄から次のように返事を送った。
「大丈夫です。チェルノブイリの経験からは、ホットスポットができるには福岡は
十分遠いです(地球は十分小さいので、大気圏に広がった汚染は、3週間ごとに巡っ
てきますが)。
気付いた人がその場で止める。「玄海」とか「川内」とか、「伊方」とかで事故が
起こらないように止めていく。「串間」や「上関」に新規の原発立地がされないよう
にしていくというとりくみをしていかなければなりません。タイの原発計画はタイの
人たちが止めます。
そんな人たちの連帯のひとつが「命の風はアジアから―ノーニュークスアジアフォー
ラム」です。
http://www18.ocn.ne.jp/~nnaf/
はげしい汚染をまぬかれて残された土地をともに耕し、避難民を受け入れて
『生きねば』
(徳間書店『風の谷のナウシカ』第7巻最後のことば)」
すぐに返事が届いた。
「自分の家族のことばかり考えていた自分が恥ずかしいです。もっと足元を見ない
とだめですね。玄海原発を一刻も早く止めるように明日から自分でもできる事をやっ
てみます。」
マスコミ報道によれば、3月16日、日本経団連の米倉弘昌会長が東京都内で記者団
に次のように語った。
「千年に一度の津波に耐えたのはすばらしいことだ。原子力行政はもっと胸を張るべ
きだ」(『北海道新聞』2011年3月17日)。
一方で、群馬県の人口5200人の片品村では、1000人の避難民を一ヵ月間無償で受け
入れることを決め、3月18日早朝、23台の大型バスを被災地に向けて出発させた(『
読売新聞』2011年3月18日)。
なんという大きな対比だろう。現実を正視しないことこそが、絶望そのものである。
そして、足下から自分たちにできることを見つけていくという行動に大きな励ましを
感じる。
以下は、山口県立大学内で畑を作りたいという、その名も「畑部」というサークル
を立ち上げた若者たちの相談に乗りながら3月14日に語った言葉である。悲観的に響
くかもしれないが、「幻想を捨てて果敢な取り組みを準備しよう」という渾身の励ま
しである。
「福島第一原発のうち一基でも、人間が近づけないほどの放射線量に上がれば、そ
の時点でできることはほぼ終わりになってしまうよ。そうなると残りの5基の過熱や
燃料プールの爆発を止める手段がなくなってしまう。そうなればチェルノブイリ級の
地球規模の汚染(あるいは福島周辺ではそれを越える)が引き起こされることも覚悟
しておかなければならない(*注)。
その時は、風向きによっては数え切れない環境難民が生まれる可能性があるけれど
も、利害関係を越えた本当の友邦というものをもたない道を歩んできた日本人を100
万人単位で受け入れてくれる国があるだろうか。過密と過疎の時代から適密・適疎の
時代への転換をするしかないし、これから日本経済が破綻する中で、地方大学の新キャ
ンパス移転に多額の予算がつぎ込まれる可能性はほぼゼロだから、あの広い場所は食
料生産の場として生かされることになる。まさに畑部の出番だ。そして、幕末維新の
中で官軍となった長州が会津の人たちに対しておこなった残虐な仕打ちを心に刻みな
がら、山口で福島の人たちを仲間として受け入れて暮らしていけるかどうかが、今問
われています。
あなたがたこそが、『科学技術真理教』というおごり高ぶった生き方が終わり、環
境破壊と差別を必要としないもっと穏やかな文化をもつ生物に人間が生まれ変わると
いう新たな時代への歩みを先導していくのです。ともに生きていきましょう!」
引用ウェブページ
「死の地帯――ドイツ政府の原発事故シミュレーション」(ドイツ政府は正直でし
た。)
http://www.youtube.com/watch?v=Tl-FVTsUorA
*注 これを書き上げた3月18日の後で発表された、環境エネルギー政策研究所の
飯田哲也さん
の、「『最悪シナリオ』はどこまで最悪か――楽観はできないがチェルノブイリ級の
破滅的事象はない見込み」という文章
http://www.isep.or.jp/images/press/script110320.pdf
にはかなり説得力があるように感じられる。
しかし、1986年4月26日のチェルノブイリ原発3号炉では、急激な反応度事故からい
きなり1000メートルも上空に吹き上げる大爆発を起こしたために、かえってすぐ周辺
の汚染は比較的低く抑えられたのだった。そのかわり、風向きと雨のために、300キ
ロ離れたところにも放射性物質による重大な汚染をともなうホットスポットが生じた。
フィンランドの先住民族サーミの土地のトナカイの餌となる地衣類が放射性のセシ
ウムで汚染されて、伝統のソウルフードであるトナカイの肉(日本人ならお米か)が
すべて食用にできず、生え替わるにも30年を要するだろうという状況が生まれたのだっ
た(映画『チェルノブイリの秋』)。サーミの土地までのチェルノブイリからの距離
は1900キロであって、東京から西表島(あるいは福島から宮古島)の距離にほぼ相当
する。原発の過酷事故では、この程度の距離離れていても、暮らしへの直接的な被害
を被る地元なのだ、ということを私たちは実感したのだった。
汚染された大地でなお生きる人たちについては、本橋誠一さんのドキュメンタリー『ナージャの村』と『アレクセイと泉』をお勧めする(http://www.youtube.com/watch?v=QuIkhdTXBOY)。
チェルノブイリの事故後の除染と石棺の建設のために動員された65万人におよぶリ
クビダートルと呼ばれる作業員の残された家族の証言を集めた「サクリファイス -
犠牲者ー事故処理作業者(リクビダートル)の知られざる現実」
というドキュメンタリー(24分)もある。
http://video.google.com/videoplay?docid=-6601369124230620869#
(あんけいゆうじ・
あんけいたかこ)