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書評)宮本・安渓『調査されるという迷惑』ブログに4つほどコメントされてました
2010/07/14
ありがたいことです。リンクさせていただきます。
1つ目の書評です。
kadotamasahiroのブログ そのものはもう消えちゃっているみたいなんですが、goog
le検索のキャッシュです。
http://blog.livedoor.jp/kadotamasahiro/archives/51097000.html のキャッシュ
から引用します。
2010年06月30日23:57
カテゴリ
調査されるという迷惑
この本には、調査方法の一つであるフィールドワークについて、「調査する側」と「
調査される側」の葛藤や受難、またそれらを踏まえた多様性を描いたものである。
事例をあげ、「される側」の気持ちを浮き彫りにすることで、調査者に対して厳しい
批判、かつ自身の行為の反省を求めている。
著者は二人だが、二人とも自分もミスを犯してしまうことを述べ、全ての調査者に対
してそれが当てはまる可能性があるということを言っている。
またさらに、話はそれと関連して研究者に有りがちな姿勢に対する批判にもなってい
る。
そういうつもりであるにしろなきにしろ、調査者を含む研究者が「される側」の人間
に迷惑をかけてしまうことの多さ、可能性の高さにふれ、幾つもの事例を出して示し
ている。
一つだけ事例を挙げるとするならば筆者の一人、安渓遊地が聞いた言葉である、
「よぉく考えてね。よそから持ってきた智恵や文化で、地域が本当に生き延びられる
わけがないのだということを。」
を選びたい。
調査者や研究者が自分の知識に自信を持つことは悪いことではないと思うが、それが
現地の人びとにとっては鬱陶しい、有難迷惑になるのだということをまざまざと思い
知らせてくれる。
現に、この書評を書いている自分や、読んでいるあなたでさえ、そういう「迷惑」を
かける可能性があるのだ。
常に気を付けてもまだし足りないとはこのことだろう。
調査者、研究者にとって必携の一冊であると思う。
kadotamasahiro コメント( 2 )トラックバック( 0 ) 1拍手
2つめの書評です。
http://d.hatena.ne.jp/pa-man1/
2010-06-30
フィールド・ワークのこれから
地域の文化や暮らしの知恵を学ぶために、実際に地域にでかけ、地元の方々を先生と
して地域を教科書に五感のすべてを駆使して学ぶことをフィールド・ワーク(野外調
査)という。『調査されるという迷惑』では、フィールド・ワークの現状を描き出し
ている。
著者は宮本常一と安渓遊地である。宮本常一(1907~1981年)は在野の民族学者であ
る。天王寺師範学校を卒業後、教師になるも病気のため帰郷する。療養中に柳田国男
の『旅と伝説』を手にしたことで、柳田、渋沢敬三に出会う。そのことがきっかけと
なり、日本全国を歩き、フィールドワーカーとして、膨大なフィールドノートや写真
等の資料を残した。戦後から高度経済成長期まで、フィールド・ワークを通し、現状
と問題点を見てきた人物である。安渓遊地は環境と密着した生活を営む人々の生態人
類学的研究を行う研究者である。1951年、富山県に生まれ、京都大学在学中に、移動
大学運動にふれて、フィールド・ワークを重視し、現地に数多く出向いている。
この本は、安渓氏の経験の中で、現地の人々との関わりを通し、フィールド・ワーク
の難しさ、そして実際の取り組みを紹介し、フィールド・ワークをする際の心構えを
示した本である。今後の、研究者と研究される側の良好な関係を築いていくためには
どうすればいいのかを、これからフィールドにでる人々へのアドバイスとして書かれ
たものである。安渓氏がフィールド・ワークを始めた頃に宮本氏の文章ややり取りの
中での宮本氏の言葉が安渓氏の活動の原点・この本の原点になっている。
内容の構成として、第一章で、本出版の原点となった宮本常一の文章から始まる。「
調査地被害‐される側のさまざまな迷惑‐」と題し「調査というものは地元のために
はならないで、かえって中央の力を少しずつ強めていく作用をしている場合が多く、
しかも地元民の人のよさを利用して略奪するものが意外なほどに多い。」と調査の特
質を解く。
第二章以降では、この本が執筆されるまでに安渓遊地が実際に体験したフィールド・
ワーク、現地の人の生の声が紹介されていく。いくつかあげると、調査された住民た
ちとの対談をから、される側の声として紹介される。聞きかき調査においては、学者
は住民を「情報提供者」としてしか見ておらず、知を持ち出されるだけじゃなく、知
らないうちに心の中を蝕まれたという感覚を植え付けてしまう。また、道具を貸した
ら帰ってこないなど、研究者としてではなく人としていけない行為の実態が書かれて
いる。また、地域の人とどう付き合っていくのか、深入りした関係が必要とされる場
合のフィールド・ワークではどう行動すればいいのか、安渓氏の西表島での実践を通
し助言している。地域の人々との長い付き合いの中で、その地域の物語の登場人物の
一人になることで、たくさん得るものがあると同時に、失うものもたくさんあるとい
うことを覚悟しなければいけないことを説く。
さらに、驚くべき事実として、真実が報道されていないとことである。メディアは、
取材をしても自分達の都合の良い様に解釈したり、ありもしない事実を作りあげたり
する。そのような行為は、現地の人々を傷つける。他の研究者がでっちあげの報道を
信じて、現地を訪れることもある。
実態調査をしなければ、真実を得られない。と同時に、真実を引き出すためには研究
者がそれなりの態度で臨まなければいけない。宮本、安渓、両氏のいう、一方的略奪
という行為は改善されねばならない。そのためには「研究成果の還元」という言葉が
しばしば出される。しかし、そこには研究する側と研究される側の上下関係が生まれ
てしまう。それゆえ、筆者は研究が、する側とされる側の一体の行活動となることが、
人間を研究対象とするフィールド・ワークの再生の道と、後世の人々に訴えている。
この本の特色として、実体験を語るものであるので、とてもリアリティにあふれ読ん
でいて、驚くことも、悲しくなることもあるが、読みやすい。会話口調の箇所も多く、
話を聞いているかのように感じる。なかなか聞けない住民の生の声をきける。筆者の
フィールド・ワークに対する献身的な姿勢がとても感じられる。実際のフィールド・
ワークに基づく研究において、本に書かれているような苦労や事実の上で成り立って
いることも理解できる。外に出て調査をする機会のある大学生として、人と関わりな
がら学んでいく者として、読むべき本であると感じる。
Permalink | コメント(0) | トラックバック(0) | 10:38
3つめの書評です。
http://somnus.blog.so-net.ne.jp/archive/20100214
宮本常一・安渓遊地『調査されるという迷惑―フィールドに出る前に読んでおく本』
(みずのわ出版)を読む。共著かと思いきや、安渓遊地 feat. 宮本常一のブックレッ
トでひどく読み応えに欠ける。(余談だけど、とり・みきの『るんるんカンパニー』
に、「これなんかけっこう『読みで』がありますよ」と古本屋が言うシーンがあった
なぁ。その伝でいうとずいぶん「読みで」がなかった)
まとまった文章といえるのは、第一章に収められた宮本の「調査地被害―される側の
さまざまな迷惑」一篇だけ。これは 1972 年の初出で、未来社の著作集に含まれる。
あとの各章は安渓による事例紹介がメインとなる。調査団による古文書や物品の借用、
盗用、はてはしらんふりの実態など、なるほど調査される側の迷惑を伺い知ることは
できるが、どうも釈然としない。一冊の書物たるに十分の構成を各篇がそなえている
とは思われないことは措くとしても、また報告自体の価値を殺ぐものではないにして
も、”feat. 宮本” の部分になんだか客寄せパンダの疑いがあるような、ないような。
だって一篇まるまる転載だもの。引用? 借用? リスペクトがさせるのかもしれない
が、実にむずかしいものだと思う。
その第一章から、心に残りこれからも大切にしたい言葉を引用させて頂く。
……かつて渋沢先生が、私をいましめていわれたことばが三つあった。その一つは他
人に迷惑をかけないこと。第二は出しゃばらないこと、すなわちその場で、自分を必
要としなくなったときは、そこにいることを周囲の人に意識させないほどにしている
ということである。そして第三に他人の喜びを心から喜び合えること、というのがそ
れであった。
何でもないことのようであるが、これを実行することは実にむずかしいことである。
自分で迷惑を掛けてはいないと思っていても、相手に迷惑をかけていることは多い。
その上つい出しゃばりになる。まして人をほめているのをきくと、ケチをつけたがる
ものである。
どれも難しい。はたして先のぼくの勘繰りなどは、このいずれかにあたるものではな
かったか。
4番目の書評 Asarin’s Diaryから
http://www.team1mile.com/asarin/tdiary/?date=20090427
2009/04/27 (Mon) [長年日記]
15:00現在にわか雨 15℃
tDiary執筆開始から 2765日目
● 調査されるという迷惑
TNBK君が前回のhus非常勤の講義で紹介してくれたので,早速読んだ.いろんな点で
考えさせられる,面白い本.薄いので即読める.
この方(たち,といっても宮本常一は随分前に鬼籍に入っているが)は随分ラディカ
ルな活動をなさるタイプの方のようで,そういうスタイルとは一線を引いて(あるい
は,逃げて),フィールドに出ることはほとんどない私としては,ちょっとそこまで
真似できないなあ,と思うところも多々ある.しかし研究倫理というのは(ある意味,
研究者側だけの倫理としては)実施前の段階については非常にうるさく言われるよう
になったけれど,調査後の被調査者へのフォローも大切なのだ,ということは案外忘
れがちだったり,そもそも学部生や院生にきちんと教育が行き届いているとは言い難
い.しかし,研究の社会への還元ということを考えるならば,そういった点も大事な
はずだ,ということを再認識させてくれる内容だった.
また,宮本常一という人のことは聞き知っていたが,周防大島の出身とは知らなかっ
た.一度も訪れたことはないが,叔父の出身地であり,何となく親しみを感じるとこ
ろなので,一度宮本氏の仕事に触れてみようと思った.


