「流域の思想」を生きる(バイオリージョナリズムのお話)
2006/06/15
「流域の思想」を生きる
安渓遊地・安渓貴子(あんけい=ゆうじ・あんけい=たかこ)
屋久島の詩人・山尾三省(やまお=さんせい)さんにはじめてお会いしたのは、福岡で開かれた野草塾ででした。その後は、白川山(しらこ=やま)に住む手塚賢至(てつか=けんし)さん一家とのご縁で、三省さんと春美(はるみ)さんのお宅へも時々おじゃましてお茶をいただいたりしてきました。
私たちが三省さんを通していただいた大きなもののひとつに「流域の思想」があります。ひとつの川の流域(や小盆地や湖の畔など)に住む者は、その生命地域(bioregion)のすべての生命たちとともに、ひとつの運命共同体を形作っているのだ、という気づきであり、それに基づいた生き方です(山尾三省・ゲイリー=スナイダー、1998『聖なる地球のつどいかな』山と渓谷社)。
2001年の夏、私たちは、屋久島を教科書としてフィールドワークを学ぶために全国から集った若者たち、大きな困難の中でアフリカの森を守ろうとしている人たちとともに屋久島で過ごしていました。末期ガンで闘病中だった三省さんがとうとう亡くなられたという知らせが届いた日、私たちはお宅にうかがいました。そして「三省さん、ありがとう。すべての川の水が飲めるようになるというあなたの夢を、僕らも追いかけてゆくよ」と語りかけ、「こころざしを果たして いつの日にか帰らん 山は青きふるさと 水は清きふるさと」の歌を土笛で合奏しました。
私たちはその日のうちに屋久島から山口にもどって、1週間後には西アフリカに向かうことになっていました。そのあいまにふたつのことをしました。
ひとつは、私たちの住む山村に産業廃棄物の処分場ができるのをくい止めるため、予定地を買い取って森林公園として保全しようという取り組み(椹野=ふしの=川の源流を守る会)への協力でした。いくつもの自治体を越えて流れる川の流域に住むすべての人々によびかけて、清流を守ろうという新しい動きです。
もうひとつは、その川が流れ込む瀬戸内海に計画されている巨大な原子力発電所をめぐるとりくみです。予定地とされる山口県上関町長島には、瀬戸内海最後の楽園ともいうべきすばらしい自然があることを日本中に訴えるための報告書『長島の自然』(日本生態学会中国四国地区会発行)を、多くの研究者の協力に支えられながら編みました。その副題を『瀬戸内海周防灘=すおうなだ=東部の生物多様性』としたのは、人間の都合できまる自治体を単位としないで、ひとつの灘とそのまわりに生きるすべての「いのちたち」を視野に入れて考え、行動していきたいという願いからでした。
三省さん、おそろしい戦争やテロにもかかわらず、あなたの夢見た「流域の思想」がそれぞれの地域で、いきいきと動き出す時代が始まっています。
(2001年の屋久島の季刊誌『生命の島』58号、山尾三省追想特集より再録、加筆)