![]()
大学の未来)近頃学生のレベルが低くなったと思っている教員が多いことを大学主催の勉強会で知りました
2009/03/25
国立教育政策研究所の総括研究官という肩書きの川島啓二さんという方をお招きし
て、FDという勉強会がありました。
FDは、いやいや出るもの教員の研修会という意識があるかもしれませんが、じつは、
世の中の変わりよう、入ってくる学生の質の変化にきちんと対応した大学・大学人に
なるための「権利」なのだと川島さんはおっしゃいました。
まず、クリッカーというテレビのリモコンのようなものが配られました。質問に対し
てボタンを押すと、質問がパソコンに指した受信機に届いて集計され、ただちにグラ
フで示されるというもので、みかけ上は匿名で意思表示ができるものです。
http://www.turningtechnologies.com
教室が電磁波攻撃にさらされそうで、とてもいやな感じのものです。どのくらいの
電磁波を出すのかしらねえ。
そこで質問されたのが、まず「このごろの学生は基礎学力が足りないと思いますか」
2番目は「学習意欲が不足していると思いますか」そして
最後が、「授業中の態度などから社会常識が不足していると思いますか」という3
つの質問でした。
それぞれ、5段階で答えるのですが、私はいずれも5「まったくそう思わない」を選
択しました。そういう答えをした人は、ごく少なくて、参加者の回答は、1「強くそ
う思う」と、2「そう思う」を合計すると、問1が約75%、問2が約60%、問3
が64%という結果でした。
だって、何を基礎とするかは、時代によってずいぶん変わるものでしょうし、僕が受
験勉強の中で身につけたものがほんとうに何かの「基礎」となる学力であったかはとっ
ても疑問です。そして、学習意欲は大学1年生の5月にはほぼゼロかマイナスになっ
ておりました。徹夜で勉強してみようか、というような気持ちがわいていたのは、火
のような情熱を吹き出しておられたラテン語非常勤の水野アリツネウス先生(
http://ankei.jp/yuji/?n=550)にであった2年生の春のことでした。そして、社会的な常識などというものに真っ向からぶつかっていった学園紛争の終わりごろに大学に入ったのでしたから、「こっぱずかしくて」とうてい「社会常識」などといえたものではない内容に満ちた授業をめざしてきたのでした。つまり、自らの歩みと引き比べて、いまの学生たちはみなさんりっぱです。こちらが本気をだして気長につきあっていると、たいへんな能力ややる気を発揮してくれるようになるんです。そういう考えで、5の「まったくそう思わない」を選んだのでした。
僕が、「近頃の学生は程度が低い」というような発言に絶対に与(くみ)しない訳を、
書いたことがあります(安渓、2009『大学を生かした地域づくり』122頁)
戦前とは違って大学はエリートではない、普通の人の行くところになりました。
大学教員もそのほとんどは、大学教育の大衆化のおかげで増大した需要のお
かげで大学教員となることができた人たちなのです。中には、何を誤解したのか
「最近の学生は程度が低い」などと公言する大学教員もいます。
しかし、それは天に向かって唾を吐く行為なのです。
今日のお話の結論だなあ、と安渓がおもったことば
大学は、学生の教育機能を高めることを考えるよりも、学生たちの学習支援を中心に
すえてかかるべきである。


