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むらさきつゆくさ)埋立許可から見えてくる上関原発計画(上里恵子)
2008/12/11
下関で発行されている『むらさきつゆくさ』161 号がとどきました。
2008.12月発行です。その中の上里(あがり)さんの記事を、許可を得て掲載します。
いつも膨大な資料を読み解いて、発言してくださる頼もしい市民です。
埋立許可から見えてくる上関原発計画
上里 恵子
『悪い夢を見ているようだ。』
公有水面埋立免許については県の権限の内にある、県知事が公正な判断をなされるならば、決して埋立に免許を与えられることはないだろうとかすかな希望を抱いていた。
しかし、まさかの判断である。上関町・長島・田ノ浦を埋立ててよいとは !!
しかもあのデタラメな願書の内容に対してである。やさしさも豊かさも暖かさも丁寧さも、そのカケラさえ感じ取れない判断となった。
今回の埋立は湾を埋立てる。海藻が育ち、魚が卵を産み付け、稚魚を育てる、海に育つ生き物たちにとって胎内のような浅い海を。また、その海の恵みを感謝の内にいただいて暮らしを支え、そして理想的な暮らしを模索し続けている祝島の人たちにとっては、計画地はすぐ傍である。このことを知事はどのように受止めておられたのか?
経済の高度成長の中で行き着くところまでゆき、国土も人心も荒れ果てようとしている今、全国いろいろな場所で、自然に生かされていることを実感しながら、地域で踏ん張って生きている人たちのことが報じられるのを、私は小さな拍手をしながら見聞きしていた。祝島に行けばその理想の姿に間近に接することができると幸せを感じていた。むしろ身近にそのような人たちを持つ誇りさえ感じていたのだ。
『知事は言う。「国のエネルギー政策に協力しています」と。』
国に協力するためには無思考であっていいのだろうか。国はいつも間違わないものなのだろうか。本当に将来の人々のことまで考えて国策が決定され、行われているのだろうか。逆に、国政のホコロビがあらわになってゆくのを、今、目を覆いたい思いで見ることになっているではないか。だから、「この政策は次の世代の人々の福祉に合っているだろうか」といつも私達個人も考えていくことが大切なのだと思う。ましてや、政策決定に実権を持ち、責任も義務も大きい知事においてはなお更のことである。
確かに、国のエネルギー基本計画に組み入れられた上関原発計画ではある。知事に決定権はない。しかし、その当時分かっていたよりも、この地の生態系はもっと豊かであることが明らかになった。地震国の国土の不安定さが突きつけられる「想定外の地震」も多発した。六ヶ所の再処理も行き詰まっている。
「電力の需給関係・エネルギー源はどうあるべきか。原子力に頼ることは核のゴミ処理の行き詰まりをみると正しいと言えるのか。地震国にふさわしいものなのか。」など政策決定のために考慮すべきことは多い。国のエネルギー政策に無批判に協力することは、人々を不幸に導きはしないか?
『もし、この原発計画に知事が疑問を感じられたならば、方法はある。』
中国電力が提出している書類は、不備満載。計画が易々と進捗するものとタカをくくったものとしか思えないデタラメな内容になっている。それは、1985年に上関町に提出した「事前調査報告書」から既に始まっている。
公有水面埋立法第三十二条に準拠して「これらの書類の不備が改まるまで免許は出さないこととする。」と至極真っ当なことを中電に突きつけることである。
私達は、「公有水面埋立免許願書」の不備を指摘し、「これでは埋立免許を与えるかどうかを判断できないのではないか」と文書をつけて申し入れを行った。殊に、「瀬戸内海環境保全特別措置法」に関わって「中電の原発計画は瀬戸内海にこのように配慮しています」という部分についての詳しい指摘の申し入れ内容となった。言葉だけで「影響は軽微である」と羅列する中電。説得しようとする誠意は微塵も無い願書を、県はどのように受け止め判断されたのか、詳しく知りたいと思っている。
『さらにもう一つ「国に基本計画からの削除を求める」方法がある。』
この原発計画、「このままでいいのか」と疑問を持たざるを得ない事態が、エネルギー基本計画に組み入れられて後に明らかになって来ている。先に述べた生態系のこと、地震のこと、核のゴミのことであり、中電のどの文書にも触れられることの無い、瀬戸内海の資源の豊かさのことである。これは、現在と将来のわが国の食糧自給率に関わってくることでもあり、国策として瀬戸内海を保全する目的が、山口県だけの問題ではないことを述べて計画からの削除を求めることである。
温排水についても、2日かけて1.41平方キロメートルの範囲を1度上昇させた後は、海水温上昇はないとの考察には疑問があり、「瀬戸内海保全に対して責任のある県の立場」からも、国としての再考を促し、きちんとしたシミュレーションを行うよう事業者に国から指示を出すことを求めるべきである。原発のために護岸をし、温排水を流し続ければミズクラゲの大量発生が心配され、漁業への壊滅的な影響が考えられるが、このことへの検討も知事みずから事業者に指示されるべきである。
知事が公正な立場で、この原発計画を考えておられるのであれば、以上の行動は当然のことと思われる。そうでないなら、事業者の計画進捗に手を貸す県行政だと言われても仕方ないのではなかろうか。
「公有水面埋立法に基づく判断であって、原発立地とは切り離して考えた。」という理由自体が、計画進捗に便宜を計った結果であって、「公有水面埋立法」第二条には
「埋立地の用途」を明記して免許を受けるようにとある。現に中電の「公有水面埋立免許願書」にも用途は明記してある。
『知事は埋立免許授与のもう一つの理由に「地元の意向を尊重する」という。』
上関町議会が、原発に関わる財源で地域の活性化を行いたいと採択した意向である。既に原発を引き受けている他の自治体の例から考えると30年経たない内に原発に関わる財源には頼れなくなり、国の交付金を当てにするしかなくなるようだ。従って、知事のこの許可理由には正当性があるとは言えないのではないか。まるでモンスターを呼び寄せ、その分泌物を一椀だけ上関町が飲み干し、そのあとモンスターのめんどうは国民全体で見てゆくというイメージが湧いてくる。
温排水により漁獲量に影響を与え、微量ながら放射能を海に流し、稼動の50年の後、原発は止まった後も高温と放射能のために管理し続ける時間が必要なのだ。おまけに、改良沸騰水型原子炉の技術思想は、悪魔からもらい受けたかのように危険で、「安全など知ったことではない」とでも言うような退廃的なものである。原子炉格納容器の中に10本の再循環ポンプが「溶接」で止めてある。核燃料の入っている格納容器内でのトラブル発生の可能性を高める構造なのだ。さらにメンテナンスをどうするのだろうと、恐ろしくなる。これらのマイナスの要因は、現在の上関町だけで引き受けられるものではなく、広範囲な地域と、将来にわたる人々を巻き込んでゆくだろう。当地域周辺で活断層が発見され、地震発生の確率も高いことが最近報道されてもいる。
「地元の意向」はこれらのマイナス要因を議論した上でのこととは思えない。
町長自身も「原発が欲しいわけではない。地域活性のための財源が欲しいだけ」と
発言されている。ならば、地域活性化のためには、原発に頼らず模索して欲しかった。
『県議会の原発賛否の議員構成は民意を反映してはいないのでは? 』
上関原発計画は県議会で審議されるが、議員数49名の内、反対を表明しているのは4名に過ぎない。これでは民意を反映できないだろう。私達は議会への請願を行った。その関係で、「土木建築委員会」を傍聴した。委員会を構成する議員は9名、全て原発推進の立場である。委員会での資料の表題に「やまぐち未来デザイン21第六次実行計画
住み良さ日本一元気県づくり加速化プラン」とある。道路の草刈ボランティア「道路きらめきサポート」、観光対策として写真を撮るための駐車地点トルパー(キング)の整備、景観形成に関する施策など審議される。(「田ノ浦湾の景観こそ残すべきだよ。」と思いながら聞く。)県議と行政側のスムーズなやり取りがある。
『国策は別世界なのか? 』
それだけに、上関原発計画と岩国基地問題は、置き去りにされ、アンタッチャブルとして闇に閉じ込められているような印象を持つこととなった。県政の中での国策とはこういうものかと暗澹たる気持ちになる。「住み良さ日本一」その言葉から無縁のところで、正邪を審査されることなく事態が進んでゆく。進行することこそがここでは正義なのだ。別世界のこととして。請願書は不採択となった。


