書評)ゲッチョ先生の『自然を楽しむ』(東京大学出版会)
2016/05/03
東京新聞の依頼で書評をかきました。
『ピアニシモな豚飼い』http://ankei.jp/yuji/?n=1568
『祝島のたたかい』http://ankei.jp/yuji/?n=1899
についで3つめです。
全生物の図鑑 夢見て というタイトルがつきました。
この本は、少年時代に『地球全生物図鑑』を作るという夢を抱いた著者(ゲッチョ先生)の、万華鏡のような何十冊にもおよぶ著作の総まとめだ。ゲッチョ先生は、どこにでもあらわれ、何にでも目を輝かし、忙しく手を動かす記録魔である。手許を見ないで会話を書きとる速記の技は人類学者も真似ができない。
本書の構成は、教室に突然ブタの頭蓋骨が降臨し、フライドチキンが教材になるゲッチョ先生の授業に似て、身近なものが実は見知らぬ奥深い生物世界への秘密の入り口であることを教える奇想に満ちている。海辺で生物の死体を探し、見知らぬ骨に歓声をあげる子ども達。ゴキブリ・ナメクジ・クモにハチ。嫌われ者もまた強い関心を呼ぶよい教材だ。
ゲッチョ先生の生物スケッチ集『カマキリ通信』は、一日一ページを越えるペースで長年刊行されている。一五〇万種を擁する『地球全生物図鑑』完成まで、あと五千年かかるという。しかし、「この貝はなぜここに落ちているのか」という個別の問いは「なぜあの貝はここに落ちていないのか」という全体像への視点に飛躍する。いのちあふれる奇跡の星の一員として、全生命の全歴史を見据えた『地球博物誌』執筆への確かな足がかりを、著者は本書でついに得たのだ。
街に暮らし、自然には興味がないという人にこそ処方したい旬の本である。
評者(安渓遊地=山口県立大学教授)
盛口満『自然を楽しむ──見る・描く・伝える』(東京大学出版会)
蛇足
550字という制限の中で、本の中身だけでなく、あのゲッチョ先生の実物と出会ったときの衝撃(http://ankei.jp/yuji/?n=275)や
ほとんど月刊誌のように届くこれまでの本との違い(集成本なので現場の匂いがやや薄まっているようだけれど、集合の要素の列挙から集合そのものの把握というゲッチョ学への昇華の予感)を盛り込みつつ、編集者とのやりとりの中で言葉を削っていきます。
ゴキブリ・ナメクジ・クモにハチ。4 4 2+2 という並べ方は変のようですが、これは、たぶん、私が大好きな漢詩の訓読のリズムから来ているかもしれません。
例えば 杜牧の詩「江南春」の
水村山郭酒旗風(すいそん さんかく しゅきのかぜ)
でしょ?