わが師わが友)窪徳忠先生と沖縄のかかわり
2015/10/08
収穫したお米の乾燥機が耳元でぶんぶん回っていて、目が醒めました。
窪徳忠(くぼ・のりただ 1913-2010)先生の1955年の論文「中国の三尸(さんし)信仰と日本の庚申信仰」(『東方学論集』第三輯初出)を読み終えました。年賀状のやり取りはさせていただいていましたが、この夏、昆明と大連と哈爾浜を訪ねたことから、初めてまじめに読んで見ようと思ったのでした。1988年に第一書房から出された『わたしの足跡』に収録されている論文の2番目のものでした。発表当時42歳の助教授であった窪先生は、中日の2つの信仰は無関係とする柳田説に対して、何度にもわたって道教の信仰がこの列島に及んでいたことを立証していきます。中国と日本の古典の圧倒的なまでの文献読破によって快刀乱麻を絶つという印象の会心作です。
しかも、実際に若狭地方の村々を訪ねて現在も行われている庚申の夜の行事のフィールドワークをするなど、万巻の書を厳格に読むことと歩く・見る・聞くことがみごとに一体化しています。
40歳近く歳の離れた窪先生に、初めてお会いしたのは、京都大学理学研究科大学院(自然人類学研究室)の1年生になったばかりの時でした。1973年11月23-24日に、京都国際会議場で開かれた第27回日本人類学会・日本民族学会連合大会で、私はスライドを上映したりする会場係の学生として動員されていました。
午前の最後の口演に当てられていた窪先生の第一声は、「マイク要りません!」でした。地声で充分通る大きな声で話されました。持ち時間は20分ほどだったと思いますが、これが30分たっても終わらず、40分近くたって終わったかと思ったら、「それではこれからスライドを(会場に笑い)」ということで、沖縄の民俗について合計1時間ほど話されたと記憶しています。学会名物の長い発表をされる先生だったようで、
梅棹忠夫大会委員長(追悼文 http://ankei.jp/yuji/?n=1062)
のもと現場監督として学生たちに指示を出していた佐々木高明先生が、あまり聴衆が集まらないと予想される朝一の発表には、学生たちをサクラとして座らせたり、あるいは延びても他に影響しない昼休み前の定位置に窪先生の発表をおいたりするなど、学会の運営にあたってはさまざまな苦労があることを知りました。
2日間の緊張のためか学会が終わったあと私は熱が出て倒れていました(たぶん知恵熱)。その後、沖縄の地域研究を進めるなかで、窪先生と親しくお話をしていただく機会も増えたのでした。2000年に安渓貴子とまとめた『島からのことづて』(葦書房)をお送りしたところ、葉書をいただきました。冒頭に載せた「される側の声---聞き書き・調査地被害」を読んだ窪先生からのメッセージは、
「天地神明にかけて私ではありません」
というものでした。90歳を越えてもお元気で、西表島のピヌカン(火の神)のフィールドワークにあたって、情報提供を求められたりしました。
いま読んでいる『私の足跡』は、『沖縄の宗教と民俗---窪徳忠先生沖縄調査二十年記念論文集』第一書房(1988)への返礼として編まれた論文集で、窪先生が後進に示す道標のようなものです。実は、そのような記念論文集などは、ちかごろ形式的なものが多いからというという理由で固辞するのが常であった窪先生は、この論文集については快諾されました。その理由が『私の足跡』の前書きに以下のように書いてあります。
「そんな私が、今度に限ってなぜ即座に承知したのか。それは、衷心から嬉しかったからである。調査地の人々が他処者である調査者に、記念の論文集をまとめて贈ったという例は、恐らく古今を通じて皆無ではなかろうか。しかも、永らく特異な立場をとらされてきた沖縄県下の研究者諸氏が、なんらのこだわりもなく、進んで私に贈ってくださるというのだから尚更のことである。私としてこんなに有り難くかつ嬉しかったことは、これまでに一度もなかったといっても過言ではない。だからこそ、心からの感謝の気持ちを内に秘めながら、即座にお受けしたのである。」
東大を定年で辞められてから、沖縄国際大学に蔵書を寄贈され、さらに基金を寄付されたことから、琉球・中国の関係などを研究する沖縄在住の研究者に対して送られる「窪徳忠琉中関係奨励賞」が1997年から設けられています。
募集の要項は以下にあります。http://irc.okiu.ac.jp/detail.jsp?id=69226&type=TopicsTopPage&funcid=2
フィールドワークにおいて、調査対象地域の後進を育てるということを具体的に実践された窪徳忠先生を心からなつかしみながら、『わたしの足跡』の次の論文「朝鮮の道教」「台湾仏教とその性格」を読み進めたいと思っています。
写真は以下からの転載させていただきました。http://irc.okiu.ac.jp/detail.jsp?id=41491&type=TopicsTopPage&funcid=2
沖縄国際大学南島文化研究所・特別研究員・安渓遊地