わが師わが友)『おもろさうし』の「すら」「よき」「きみ」が使われる現場から外間守善先生をしのぶ RT @tiniasobu
2014/06/03
2012年12月20日に、外間守善先生が亡くなられて、その追悼文を書きました。
『沖縄文化』第48巻2号(通巻116)、2014年5月28日刊行です。
276頁もありますが、おもわず全巻目をとおしました。大城学さんと豊見山和行さ
んの研究論文にもかなり興奮させられたのでした。入手希望の方は、『沖縄文化』編
集所へお電話ください。098-887-2652(年会費5000円ですが、ポス
ドクは3000円、学生は2000円で、年2冊の会誌がとどきます。)
以下、本文です。沖縄学が沖縄の中だけでは解けないように、やまぐち学も、現在
の山口県の県境の中ばかり見ていたのでは解けないと気付いたところです。外間先生
の先見に満ちたとりくみの学恩に感謝しつつ。
「すら」「よき」「きみ」が使われる現場から――外間守善先生をしのぶ
安渓遊地(あんけい・ゆうじ 山口県立大学)
「ンカチ ンカチ アル トゥグルニ ウジトゥ アブトゥ ブダディドゥ……」
これは、「与那国島の桃太郎」です。NHK市民大学で外間守善先生が担当された『
沖縄の歴史と文化』のビデオには、大学の授業でいつもお世話になってきました。多
良間・首里とつづく島言葉の多様さに、学生たちはいつも目を丸くして聞き入ってい
ます。
外間先生とは、あまり直接お話する機会を得なかったのでしたが、二〇〇三年の秋
のある日、福岡アジア文化賞の関係者から電話がかかってきました。「沖縄学」を継
承発展させ、その視野をアジアに開くという業績によって第一四回の大賞候補に外間
守善先生が内定されたこと、それを踏まえて受賞記念講演を含めてこの賞をお受けい
ただけるかどうかを外間先生に確かめたいが、その仲立ちをしてもらえないだろうか、
という光栄な役割でした。
ここで外間先生の研究にちなんで「おもろさうし」の未詳語を解く鍵にフィールド
でであった話をしましょう。一九八八年にユーゴスラビアのザグレブで開かれた国際
人類学会で、民族文化映像研究所の姫田忠義さんにお会いして、トカラ列島を訪ねる
ように誘われました。同年九月、あしかけ二年のフランス滞在から帰国したばかりの
私と妻は、姫田さんの丸木舟づくりのドキュメンタリー撮影の現場を中之島に訪ねま
した。
丸木舟を作っていた中之島の人たちは、舟の下に皮付きの杉丸太を何本か「ころ」
として敷いており、この丸太は「シラ」と呼ばれていました。藩政期に西表島船浦に
作られた造船所は「すら所」と書かれました。「すら」は「おもろさうし」第二二巻
の四三「唐船すらおるし又御茶飯之時」にも出てきます。「すら」の語源は、重いも
のを運ぶ「修羅(車)」だと言われていますが、舟の進水すなわち「修羅降ろし」へ
向けた作業の現場に立ち会えたわけです。
中之島での舟づくりの現場には、柄と刃が平行に付いている縦斧(axe)として、
製材に使う大きな斧の「ハツリ」や、両手でふるう斧の「ヨキ」、片手で使う「テヨ
キ」がありました。一方、柄に対して直角に刃が付いた横斧(adze)としては、中之
島の方言で「チョーノ」と古風に呼ばれる手斧(ちょうな)などの道具が活躍してい
ました。丸木舟の内部を刳るための道具で、普通の大工仕事では見かけないものが二
つありました。ひとつは、一五センチほどの柄がついた「ツボジューノ」。これは、
壺のように中が窪んだ手斧という意味だと聞きました。もうひとつは、「ツボジュー
ノ」の柄と刃を長くしたような全長三〇センチほどの刃物で、これは「キン」と呼ば
れていました(図)。
「おもろさうし」にひんぱんに現れる「きみ」の中に、この「キン」と思われるもの
があります。例えば、第二二巻の四「くにおそいきみのふし」です。
一 よき けらへ よきの めつらしや
世かほう まかほう みおやせ
又 きみ けらへ きみの めつらしや
外間先生の『おもろさうし』(角川書店)では、「一 雪げらへ 雪の 珍しや
世果報 真果報 みおやせ 又 黍げらへ 黍の 珍しや」と読まれています。島袋
源七説ではこれは造船の場面で、「よき」は「斧」、「げらへ」は造ることだといい
ます。先学がさまざまな解釈をしてきた「きみ」は、「君」でも「黍」でも「船」で
もなく、トカラ列島で今も使われている「キン」――おそらく漢語の「釿(きん)」そ
のもの――だとしてみてはどうでしょうか。舟の外側を削る縦斧の「ヨキ(よき)」
と対をなして舟の内側を刳る横斧の「キン(きみ)」という外来の利器の働きに目を
見張った、いにしえの人々の驚きと喜びがよみがえってくるようではありませんか。
沖縄学の問いは、沖縄だけをみていてはなかなか解けません。外間先生の学恩に感
謝しつつ、先生が私たちに託されたことを大切に暖めながら、これからも世界のフィー
ルドに出かけたいと願っています。
図 トカラ列島中之島のツボジューノ(上)とキン(下)