上関)日本鳥学会・瀬戸内海の生物多様性保全のためのシンポジウム報告
2010/08/03
日本鳥学会(ちょうがっかい)のホームページからの引用です。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/osj/japanese/katsudo/Letter/no29/OL29.html
瀬戸内海の生物多様性保全のためのシンポジウム報告
森林総合研究所 四国支所 佐藤重穂
はじめに
日本鳥学会は2008年9月に開催された大会で、山口県上関町において建設が計画され
ている上関原子力発電所について、希少鳥類保護に関する要望書を総会決議として採
択しました。これは、建設計画に関する環境アセスメントの終了後に、新たに建設予
定地周辺で国指定天然記念物であるカンムリウミスズメやカラスバトの生息が確認さ
れたことを受けて、適正な調査に基づく環境影響評価を求めたものです。
実は日本鳥学会の要望書を提出するより以前に、上関原発計画に対しては、日本生態
学会と日本ベントス学会もそれぞれ、環境影響評価が不十分であることを指摘し、行
政に慎重な対応を求める要望書を提出してきました。ところが、これらの要望内容が
充分に受け入れられず、2008年10月に山口県は事業者に対して建設計画にかかる海面
の埋め立ての許可を出しました。
こうした事態を受けて、各学会の担当者が、建設予定地の周辺の生態系が貴重なもの
であることと学会が慎重な環境アセスメントを求める要望書を提出していることを一
般市民に知ってもらうために、協力して取り組むことを企画して、日本生態学会自然
保護専門委員会、日本ベントス学会自然環境保全委員会、日本鳥学会鳥類保護委員会
の三者による合同でシンポジウムを開催することになりました。
シンポジウムは広く一般市民に参加してもらうことを目的に、ほぼ同じ内容で開催場
所を変えて、第1回が1月10日に広島市で、第2回が3月14日に東京で、第3回が5月1
日に山口県光市で、第4回が7月25日に京都市で、これまで開催されました。
以下、シンポジウムの内容を簡単に紹介します。
瀬戸内海の原風景が残る周防灘
京都大学の加藤真さんから、瀬戸内海西部の山口県、福岡県、大分県、愛媛県に囲ま
れた周防灘の自然の豊かさについて紹介されました。
瀬戸内海は、本来、たいへん豊かな生物相と高い生物生産力に恵まれた海です。そし
て、この沿岸にすむ人々は、これまで長い歴史を通して、この生きものたちの恩恵を
受けてきました。漁業の営みは、多種多様な生物が存在する生態系の豊かさに支えら
れています。しかし、近年の沿岸開発によって、瀬戸内海の大部分では、生態系の豊
かさも漁業の営みもすっかり失われてしまいました。そんな中で、今、多くの生物学
者が注目している場所が、周防灘、特に上関の周辺なのです。瀬戸内海の他の場所で
は見られなくなった多くの生物が、ここにはまだたくさん生き残っているということ
が、最近、次々と明らかになってきました。軟体動物のナガシマツボ、腕足動物のカ
サシャミセン、脊索動物のナメクジウオといった小型の生物からクジラの一種である
スナメリのように比較的大きな生物まで、様々な生物が生存していて、その生態系に
支えられた漁業もまた健在です。上関はまさに、瀬戸内海の豊かさが残る最後の場所
と言えるのです。
シンポジウムでは、上関周辺が閉鎖的な内海であること、原子力発電所が通常の運転
によって、火力発電所以上に莫大な熱を海に捨てる事、その過程(冷却水の取水?放
水)における水温上昇と付着生物防止剤(殺生物剤)によって、水中の小さな生物(
プランクトンや魚の卵?稚仔)が大量に殺される事が、特に重大な問題として強調さ
れました。
上関の希少な鳥類
九州大学の飯田知彦さんから、上関周辺に生息する希少な鳥類について紹介されまし
た。カンムリウミスズメがウミスズメ類としては世界でもっとも南に分布しているこ
と、本種が世界で約5,000羽と推定される希少な種であること、2007年に上関の海域
でカンムリウミスズメの家族群が確認されて以来、継続して確認されていて、現在知
られている本種の唯一の非繁殖期の生息地であることが示されました。また、最近、
上関町内の離島でオオミズナギドリの繁殖が確認され、これが内海では初めての記録
であることも報告されました。上関の海域に海鳥の豊富に生息している原因として、
飯田さんはこの海域の海面水温が1日の中で低温から高温へと変化を繰り返すという
特徴を持つことを指摘しました。また、陸上の照葉樹林を象徴する希少種としてカラ
スバトを紹介しました。
周防灘の希少な魚類
第2回のシンポジウムから、日本魚類学会が合同シンポジウムの後援として加わり、
上関の希少な魚類について紹介してきました(第2回:加納光樹さん、第3回:酒井
治己さん、第4回:岩田明久さん)。他ではほとんどみられなくなったアオギスが周
防灘にメタ個体群を形成していること、エドハゼやチクゼンハゼ、マサゴハゼといっ
た干潟のハゼ類が豊富なこと、ハタタテダイやソラスズメダイなど暖海性の魚類がい
ることなどを示し、周防灘が海産魚の多様性のホットスポットであることが強調され
ました。
上関の里山
滋賀県立大学の野間直彦さんは、原発計画地である長島の森林について、これまで現
地で調査してきた結果から、昔から薪炭林として里山利用されてきたこと、鎮守の森
として残されてきた場所には原生的な森林があることを紹介しました。また、雨が少
ない瀬戸内気候ではタブノキの大きな群落が形成されないが、上関は瀬戸内気候の端
にあたり、タブノキ林の成立する条件にあり、タブノキ林の分布とカラスバトの生息
地がほぼ重なることを示しました。
終わりに
4度にわたる合同シンポジウムには毎回、国会議員も参加し、上関原発の環境アセス
メントが不十分であったことを認識してもらっています。これまで、衆参の環境委員
会及び衆院本会議で上関原発に関する質疑がシンポジウムに参加した議員によって行
われました。学会として、単に行政に要望書を提出するだけでなく、幅の広い働きか
けが求められるものと思います。また、単独の学会ではなく、複数の学会で協力して
取り組むことにより、より効果的になるものと考えられます。
原子力発電の是非は別として、上関の豊かな生物相の重要性を多くの方々に知っても
らい、その保全の必要性について賛同してもらえればと思います。