2006/05/06(土)
僕からの手紙(その3) 2006年5月号
選挙関係の数字が少しまちがっていました。修正します。
新緑が目に優しい季節となりました。皆さんにはお変わりありませんか。
一貫野は、3月21日春分の日に蕎麦岳山開きが開催され、予想通り午前中は晴れ、後半は恐れていた雨に見舞われてしまいましたが、参加した登山者には喜んで頂けたようです。
一貫野に住む「ふしの川清流の会」の会員がとってくれた写真を添えておきます。
4月23日には注目の、新生山口市初めての市議会議員選挙が行われました。
34名の定員に53名が立候補したのですから、候補者にとっては非常に厳しく、また予想も難しくて生きた心地がしなかった人も多かったのではないかと察せられました。
幸いにも、処分場反対を明確にしていただいた候補者は、前回よりかなり得票をのばして当選されました。
僕にしても、これまで政治とは一線を画して(言い換えれば無頓着で)自由きままな生活をしてきましたが、この度の廃棄物処分場建設構想に関わる行政や自治会また、地域ぐるみの権益の綱引きに参加してみて、政治の力を無視しては永続的な安全安心な生活環境は維持できないことがよく理解できました。
一般的に、田舎社会の住民感情では、「お上のやることに間違いはないのだから、お上の決めたことに反対する者は自分たちにとっても悪だ。」という精神的な風土が未だに残っているようです。ですから、行政の間違った方針が一旦具体的に動き出すと、未来に禍根を残しかねない事態を生むことになります。
しかもそれを、住民に理解させようとすると大変なパワーとストレスを生むものですから、僕たち自体の継続的で粘り強い啓蒙活動と、行政との情報交換のパイプをつないでおくことが大切であると痛感しています。
また、いつも自戒しなければいけないのは、たとえ今度のように良い結果が出たとしても「いつ何時優勢状態が逆転されるかも知れない。」という危機感を持って、環境を守り、住民の自治を実現するためには、「これは、始まったばかりなのだ。」という気持ちを持続させなければならないということです。
昨年から1年間は、なんども折衝や会議を重ねながら志ある仲間との団結を深め、その成果としてこれらの難関を仁保での処分場建設に疑問をもつ僕たちが先手をうちながらなんとか乗り越えてきました。
山口市議会議員選挙もそのひとつの節目であると位置づけられると思います。
けれども、仁保への利益を誘導したい建設推進派が手をこまねいているばかりではないと考えるのが妥当でしょう。
納得のいく処分場選定方針が示され、それにそって次期処分場が特定され建設が始まるまでは、何がおこるかわかりません。相手が手を挙げて降参したようでも、その後の整理がつくまではとりくみが終わったと思ってはならないということを、これまで僕は身をもって学んできました。
そして、もっとも大切なのは、いくらでもゴミを出し続けることを当たり前と考えるような無自覚な暮らしにさようならをすることです。そのために、一貫野のような田舎こそが日本人の暮らしの変革の先鞭をつけていなければなりません。もともと田舎の暮らしには、ゴミになるものなど何もなかったのですから。
僕としても、ふるさと仁保一貫野を「近代的田舎社会」のモデル地区となっていくように、このホームページを通じて可能な限り継続して情報発信する積りです。
きっとこの手紙をお送りする頃は田植えが始まっている頃です。
実は、ブランド米を標榜するほどたくさんの収穫があるわけではないので、ご存知の方は少ないと思いますが、源流地区で作られる一貫野米のおいしさは、他地域の農家の方が自分の土地で出来た米は食べないで、出荷にまわし、自家用として毎年注文されるほどの抜群の味を誇っています。
うそではありませんよ。一貫野のお米のおいしさの秘密は、第1に、そのまま飲むことができる清冽な湧き水に一番近い田んぼで育つこと。 第2に、米をおいしくするという昼夜の温度差の大きな高原の気候のたまものを、地元で精米していっさいの混ざり物なしに出荷していることです。
同じコシヒカリでも、何キロも離れた生産農家のものをブレンドしたものと、一貫野米とは噛み締めた味で違いがわかります。
そして、一貫野のすぐ下流域に、「のんた米」「はぜかけ米」として、消費者のみなさんと太いパイプを作って、それを生活の糧にしてきている坂本地区があるのです。ですから、安心・安全を消費者に届ける稲作農民が廃棄物処分場の誘致に絶対反対する理由を、建設推進派はもっと真剣に理解して頂きたいと思うものです。
まずは、初夏の訪れのお知らせまで・・・
草々